3:大切なのは「意志」と「真実を明らかにすること」、そして「共感」
スピルバーグ監督の怖く思えるほどの宇宙人への思い入れを前述しましたが、その一方で、この『ディスクロージャー・デイ』における宇宙人は「マクガフィン」という言い方もできます。マクガフィンとはフィクション作品において、登場人物たちが追い求めるものであり、それ自体の正体は「なんでもいい」とされるもの。今回の『ディスクロージャー・デイ』の宇宙人であっても、ほかのものに置き換え可能なのです。
実際にスピルバーグ監督は、1970年代前半に機密文書を暴露しようとしたジャーナリストたちの実話を元にした『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』も手がけています。今回の『ディスクロージャー・デイ』は、その機密文書を宇宙人に置き換えたフィクションとも言えますし、前述した追いかけっこも、その過程の困難や、人間の意志の強さを示したものと言えるはずです。 その「意志」により、「真実を明らかにする」ことが、本作では重要だったのでしょう。実際に、スピルバーグ監督は以下のように語っています。
まさにその通りで、本作の結末では、「あなたはどう向き合いますか?」と観客に質問を投げかけています。その幕切れを中途半端と取るか、観客に委ねていると肯定的に受け取るかでも、賛否が分かれているでしょう。本作は単に“誤情報”についての映画ではなく、権力者が自分たちの計画のために真実とフィクションの境界をうやむやにする手段を持っている中で真実を明らかにすることの難しさを描いている。さらに本作は、世界に関する私たちの理解を広げるであろう真実が、人が生きていく上で拠り所となっている宗教などの信念を揺るがすかもしれない場合、私たちはそれとどう向き合うのかということも問いかけている。
『X-ファイル』シリーズは“真実は必ずどこかにある”ということを教えてくれた。だが真実を知った時にどうするのか? 受け入れるのか? それとも拒むのか? 真実によって人々は団結するのか? それともさらなる分断が生まれるのか? 結局のところ『ディスクロージャー・デイ』のストーリーで描かれているのは、“共感”というのは世界中で分かち合うべき素晴らしい資源だということであり、それは私利私欲のために独占したり、自分に近しい者だけのために向けたりするべきものではないということだ。
しかしながら、現実の世界がある意味でフィクションよりも恐ろしい出来事で溢れていたり、はたまたフェイクニュースが取りざたされる今では、「真実の開示」や「どう向き合うか」という真っ直ぐな姿勢には迫力を感じさせますし、その先での「“共感”の素晴らしさ」を示すことは、とても意義深いと思えたのです。
そうしたスピルバーグ自身の意志を汲み取れば、この『ディスクロージャー・デイ』という映画そのものも、最大限に楽しめると信じています。
この記事の執筆者:
ヒナタカ
映画 ガイド
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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