1:「謎が謎を呼ぶ」展開からの「追いかけっこ」のサスペンスに
『ディスクロージャー・デイ』の予告編で見られる断片的な情報から、『インデペンデンス・デイ』や『宇宙戦争』などの「宇宙人との全面対決をするスペクタクルアクション」のような内容を期待していた人もいるのではないでしょうか。ところが、実際の本編での前半部では「謎が謎を呼ぶ展開」かつ「何が起こっているのかがわからない」という、観客が「ほんろうされる」「カオスのただ中にいる」感覚があります。その時点で観客が抱く「困惑」は、はっきり「意図的」なものなのです。
そこからは、スピルバーグ監督の中では『マイノリティ・リポート』もほうふつとさせる、「追いかけっこ」が全編で展開するといっても過言ではありません。
そうした点を差し引いても、アクションの見せ場は非常に面白いものになっています。撮影監督のヤヌス・カミンスキーの手腕がいかんなく発揮された、大胆なカメラワークで魅せる「隙をついてギリギリで逃げる」シークエンスは映画的な興奮に満ちていますし、終盤でのSFでしか成し得ない驚きのギミックは見た目にも楽しく仕上がっています。
中でも、「列車の激突」のアクションは本作の白眉でしょう。実は、これはスピルバーグ監督の出世作である『激突!』の頃から描きたいと思っていたアイデアだったそうです。 しかも、スピルバーグ監督の前作かつ自伝的作品の『フェイブルマンズ』では、スピルバーグが幼少期に初めて映画を作ろうとしていた時、オモチャの列車同士をぶつけていたことも描かれていました。スピルバーグ監督がずっと望んでいたアクションが「やっと実現できた」ことにも感慨深くなります。
また、今回の『ディスクロージャー・デイ』と『フェイブルマンズ』には、「幼少期の出来事が全ての起点となっている」という共通点もあります。 とはいえ、「宇宙人をテーマにしたSFかと思いきや、追いかけっこサスペンスのほうが目立っている」という変わったバランスが、やはり「困惑」かつ賛否両論の理由になっているのも事実。
個人的には、「スマートフォンを壊すために何度も車で轢こうとする」くだりがやたらと長く描かれるのも笑ってしまいました。「スピルバーグ監督はスマホが嫌いなの?」とも思ってしまいますが、その後にはスマホで情報を受け取ることも肯定的に描いてはいるので、少し安心しました。
2:スピルバーグ監督の「宇宙人を信じる本気」がちょっと怖いけど……
今回の『ディスクロージャー・デイ』から、もっとも多くの人が連想するのは、『未知との遭遇』でしょう。そちらも「宇宙人との邂逅」の過程が描かれた作品であり、スピルバーグ監督がもう一度同様の内容に、少し別のアプローチや目的で再び挑戦したという言い方もできます。 実際にスピルバーグ監督は、「『未知との遭遇』では『地球外生命体との邂逅が全て本当だったら素晴らしくないか?』と考えた。だが 50年近く経った今、『これが全て真実であると皆が知ることができたら素晴らしくないか?』という考えに変わった」と語っているのです。しかしながら、「宇宙人が本当にいて、人類と出会えたらいいのに」という、もともとは無邪気とも言える願望を、「みんなも真実だと知ったらいいのに」という思想へと転換する様は、ある種の陰謀論に足を思い切り踏み入れているようで、やはり「大丈夫?」と心配にはなります。 実際に、この『ディスクロージャー・デイ』本編で描かれる物語も、「陰謀論的なものを肯定していく」危うさがあるのは否定できません。劇中では世界的な危機が同時並行で進行していることも少しだけ示されているのですが、そちらよりも「宇宙人にまつわる情報の開示が優先される」ような描き方も、かなり踏み込んだバランスのように思えます。
しかしながら、本編ではそうした「陰謀論的な危うさ」について自己言及的でもあり、もっといえば「ヤバいこと言っているのはわかっていますから!」という冷静な視線もちゃんと表れています。
例えば、元修道女だった女性の視点を交えることで、宗教という人類が「信じる」存在が、宇宙人のほかにもすでにあることが示されています。
さらに、主人公である気象予報士が引越しを願っていて、「ここではないどこか」を求めているような印象を彼氏から心配されていますし、その彼女自身が終盤で「私は誰かの宗教にはならない!」とはっきりと宣言する場面もあります。
前述した『未知との遭遇』にしても、宇宙船を目撃した父親が、どんどん常軌を逸した行動をしていき、家族から怖がられ避けられてしまうという、冷静を超えて冷徹な姿勢が前提にあります。「盲目的に何かを信じる(信じられる)ことの危うさ」や「陰謀論的なものにハマって引かれてしまう」第三者からの視点は、今回の『ディスクロージャー・デイ』でも描かれていたと思うのです。
そもそも「宇宙人の存在や人類との邂逅を信じる」ということ自体は、まったく危険性のあることではありません。都市伝説や怪談めいたうわさを娯楽として楽しむというのはごく一般的なことですし、極端に言えば、本作は「『月刊ムー』を映画化したようなもの」とさえ表現できます。
実際に月刊ムーの2026年11月号では「ディスクロージャー・デイ アメリカUFO機密情報開示の真実」というテーマで特集が組まれていたりもします。 まとめると、「宇宙人は本当にいる」「人類と本当に邂逅している」「それらを真実だとみんなが知るのは素晴らしいこと」だと本当に信じていて、それを映画でてらいなく表現するスピルバーグ監督の「本気」には怖くなるのですが、ちゃんと本編では冷静な視線も入れており、むしろ「月刊ムー」の感覚で楽しめばいいのでは? とも思えるのです。 それでいて、劇中で語られる宇宙人にまつわるあれこれは、その真偽はともかく、実在する出来事や陰謀論を参照しています。
「ミステリーサークル」はしっかり実在していますし、有名な「ロズウェル事件」や、「チクタク型」と呼ばれるUFO、そのUFOの中で身体検査や人体実験をされる「アブダクション」、さらに「リチャード・ニクソン大統領と宇宙人との関わり」の都市伝説などなど……そうした、やはり「月刊ムー」的な宇宙人に対する、「畏怖」を含めたある種の「ロマン」は、やはり楽しんでいいと思うのです。



