「予備校の授業は高校より分かりやすい」——そんな声を耳にしたことはありませんか。その背景には、教える内容だけでなく、生徒への向き合い方や授業の進め方の違いがあります。
教育ジャーナリスト・小林哲夫さんは著書『予備校盛衰史』(NHK出版新書)の中で、予備校文化を支える独自の教育論を紹介しています。
同書より一部抜粋・編集して、予備校の授業が支持される理由をひも解きます。
※本記事で紹介している商品の購入やサービスの利用により、売上の一部がオールアバウトに還元されることがあります。
高校とは違う授業で伝わる教養
「予備校のほうが高校よりもおもしろい、役に立つ」——。予備校文化を語れば必ずと言っていいほど耳にするフレーズだ。
その理由を予備校講師、受験生にたずねると異口同音に「予備校と高校では教える内容、教える方法が違うから」という答えが返ってくる。
受験生が予備校で大学入試に向き合うなかで、高校では身につけられなかった勉強の取り組み方や幅広い教養と出会う。これこそ予備校文化の神髄であろう。
高校とは違う勉強への取り組み方、幅広い教養は、「受験文化」と言いかえてもいい。
ただし、これは受験技術という意味ではない。受験勉強の内容が時代とともに変化する、たとえば人気参考書が移り変わるなかで、受験に関する文化が生まれたということだ。
予備校は難関大志望者だけのものではない
鉄緑会、東進ハイスクールの講師は、東京大など難関大学向けの授業で支持を得てきた。
しかし、難関校と言われる国公私立大学への入学者数は、大学入学者全体から見れば3割程度である。7割は難易度が相対的に低く、学力が大学教育を受けるレベルに到達していなくても入れる。
予備校もそのことを十分認識しており、学力が十分に付いていない層向けの基本コースについて昔から検討していた。
「単語を覚えろ」だけでは生徒は伸びない
1980年代、河合塾の事務局では、低学力層に向けたカリキュラムを検討すべきという意見が出ている。たとえば、英語が不得意ならば毎日単語を10語ずつ覚えさせてテストするような授業だ。
ハイレベル向けの授業で往々にして実現する、学問への誘い、教養への扉などという贅沢な話は、低学力層には縁がない。まずは基礎知識を否が応でも叩き込むことが優先であって、各教科の本質を理解させるというような幻想は捨てるべき、という現実路線だ。
一見もっともらしいが、こうした考えに対して、低学力層を担当する講師陣は猛反発した。
「事務局は生徒や教室の現場を知らない。何も好きやてらいでまわりくどく“なぜそうなのか”を教えているのじゃない。それ以外に方法はないのだ。はじめから『単語を覚えろ』『計算しろ』をやったら一日で生徒は来なくなる。高校であきているんだ。
我々講師は授業のスタートは友達になるためにおもしろい話をする。その中でこちらの生活——精神や日常を裸になって生徒に伝える。
そのうちに『この先公はおれ達のことを割合い知っているぞ。何とかいっしょにやってゆけそうだな』という親近感が湧いたときはじめて本格的授業に入れる」
(『河合おんぱろす』創刊号 河合文化教育研究所 1990年)



