孤独な主人公が成長していく群像劇だった
筆者個人が「1. ファンタジー性のあるヒューマンドラマ」に相当すると思えたことは、複数のキャラクターの思惑が交錯する群像劇であることと、彼ら彼女らに出会うことで主人公が成長していく過程でした。何しろ、主人公が出会うのは、好奇心旺盛(おうせい)で愛らしい大学生の女性、愛人を囲っている疑いを持たれてしまう父親、ぶっきらぼうに見える和菓子メーカー社長の息子といった、個性的なキャラクターたち。それぞれが初めから魅力的に映るのですが、やがて「それだけではない」違う面を見せていくのです。
そんな彼がどのように変わっていくのか。それはほんの小さな変化から始まるのですが、やがて「気付き」を経て、自分や誰かの人生を大きく変えていく……そんな尊い物語に期待してほしいですし、それは同様の悩みを持つ若者へのエールになると思うのです。
しかしながら、ファンタジーで全てを解決してしまうような安易さにも陥っていません。クスノキの秘密は登場人物の行動や成長を少しだけ促すもの、もしくは「想い」そのものに絡んでいるというくらいで、究極的には現実にもあり得ると思える、自分自身へフィードバックできる物語になっているのです。
丹念なロケが報われる、淡く柔らかい質感の風景描写
伊藤監督が掲げた「2.静かなストーリーだからこそ、アートな画面を作る」ことも、確かに本編では重要でした。その1つが、物語の核となるクスノキの「荘厳」とさえいえる美しさと大きさです。
しかも、伊藤監督は東京の外れまで足を延ばし、(原作の舞台と)似た空気の漂う場所を探すという日々を送っていたほか、「ひとりで自転車に乗ってあちこち回っていた」「スタッフを連れて行く前に3、4回は同じ場所を見に行っています」と語るほどに、ロケーションへのこだわりもあったのだとか。
伊藤監督の目に映った風景を再現したのは、『君の名は。』などの幻想的な風景を描いてきた美術監督・滝口比呂志。作品全体にどこか淡く柔らかい質感を与えており、それらが「人の優しさ」を多分に感じられる物語と見事にマッチしていました。
天海祐希ボイスの60代の女性がとにかくカッコいい!
伊藤監督が挙げた3本の柱のうち、「3. 物語の重要人物である千舟をかっこよく描く」だけがやけにピンポイントに思えますが、それはかなり重要だと思えました。何しろ柳澤千舟というキャラクターは「もう1人の主人公」と言える存在感だったのですから。
さらに重要なのは、天海祐希というボイスキャスト。伊藤監督は自宅で原作を読みながら妻と話をしている中で、天海祐希の名が挙がってからは、千舟のセリフを天海祐希の声のイメージでしか読めなかったそうで、「もし断られたらどうしよう」とさえ思っていたのだとか。 こうして誕生したのは、少年少女の活躍を推すアニメ作品が多い中ではとても珍しい、白髪やスーツ姿やメイク、さらには「有無を言わせない言葉の強さ」までも含めて「カッコいい60代の女性」でした。
ドラマ『女王の教室』(日本テレビ系)も連想する天海祐希の声で「愚かですね」と言われると反論できなくなってしまいそうですし、さらにはとある場面で「弱さ」を見せることも含めて完璧な演技とハマりっぷりで、もう彼女以外のキャスティングは考えられないほどです。
もちろん、無気力なようで次第に人生の道を見つけていく主人公を演じた高橋文哉、ちょっと猪突猛進なところも含めてかわいい齋藤飛鳥、不良性をにじませながら期待や責任の重さを感じている大場壮貴、普段は穏やかなようで激情も隠せなくなる大沢たかおと、ほかのボイスキャストも文句なしのキャスティングと好演なので、それぞれのファンにも必見作でしょう。



