ヒナタカの雑食系映画論 第210回

『クスノキの番人』が“派手ではないアニメ映画”の究極系だった理由。伊藤智彦監督が掲げた「3つの柱」

アニメ映画『クスノキの番人』は「派手ではない」からこそ素晴らしい作品でした。伊藤智彦監督が掲げた「3つの柱」を軸に、魅力を解説しましょう。(※画像出典:(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会)

孤独な主人公が成長していく群像劇だった

筆者個人が「1. ファンタジー性のあるヒューマンドラマ」に相当すると思えたことは、複数のキャラクターの思惑が交錯する群像劇であることと、彼ら彼女らに出会うことで主人公が成長していく過程でした。

何しろ、主人公が出会うのは、好奇心旺盛(おうせい)で愛らしい大学生の女性、愛人を囲っている疑いを持たれてしまう父親、ぶっきらぼうに見える和菓子メーカー社長の息子といった、個性的なキャラクターたち。それぞれが初めから魅力的に映るのですが、やがて「それだけではない」違う面を見せていくのです。
クスノキ
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
主人公はこれまでほぼ天涯孤独で、傍にいたのは犯罪行為を持ちかけてくるような、悪友とさえ呼べない人物くらい。しかも人生の道筋を見つけられずにいるばかりか、重要な選択を「コインを投げて表か裏」に任せるという主体性のなさ……。

そんな彼がどのように変わっていくのか。それはほんの小さな変化から始まるのですが、やがて「気付き」を経て、自分や誰かの人生を大きく変えていく……そんな尊い物語に期待してほしいですし、それは同様の悩みを持つ若者へのエールになると思うのです。
クスノキ
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
そして、メインとなるヒューマンドラマには、確かに「クスノキにまつわる秘密」という謎解きおよび、ファンタジー要素も介在しています。

しかしながら、ファンタジーで全てを解決してしまうような安易さにも陥っていません。クスノキの秘密は登場人物の行動や成長を少しだけ促すもの、もしくは「想い」そのものに絡んでいるというくらいで、究極的には現実にもあり得ると思える、自分自身へフィードバックできる物語になっているのです。

丹念なロケが報われる、淡く柔らかい質感の風景描写

伊藤監督が掲げた「2.静かなストーリーだからこそ、アートな画面を作る」ことも、確かに本編では重要でした。その1つが、物語の核となるクスノキの「荘厳」とさえいえる美しさと大きさです。
クスノキ
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
そのクスノキに明確な実在モデルはないものの、伊藤監督がイメージしていたのは、屋久島の縄文杉(※高さ約25m)をも凌ぐ、その倍ほどの存在感を持つ木だったのだとか。「実在しない巨大なクスノキを描ける」というのも、アニメ化の大きな意義でしょう。

しかも、伊藤監督は東京の外れまで足を延ばし、(原作の舞台と)似た空気の漂う場所を探すという日々を送っていたほか、「ひとりで自転車に乗ってあちこち回っていた」「スタッフを連れて行く前に3、4回は同じ場所を見に行っています」と語るほどに、ロケーションへのこだわりもあったのだとか。

伊藤監督の目に映った風景を再現したのは、『君の名は。』などの幻想的な風景を描いてきた美術監督・滝口比呂志。作品全体にどこか淡く柔らかい質感を与えており、それらが「人の優しさ」を多分に感じられる物語と見事にマッチしていました。
クスノキ
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
本作はメインの物語に確かなエンタメ性がありつつも、風景に見惚れるアート作品としても見られるため、その意味でも劇場で「浸る」ように堪能してほしいです。

天海祐希ボイスの60代の女性がとにかくカッコいい!

伊藤監督が挙げた3本の柱のうち、「3. 物語の重要人物である千舟をかっこよく描く」だけがやけにピンポイントに思えますが、それはかなり重要だと思えました。何しろ柳澤千舟というキャラクターは「もう1人の主人公」と言える存在感だったのですから。
クスノキ
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
女性である千舟を魅力的に描くという方針は、キャラクターデザインに大きく影響を与えたそうです。「現代日本を舞台にしたアニメーションは、どうしてもデザインの幅が狭くなる」と感じていた伊藤監督は、漫画『ブルーピリオド』の作者である山口つばさと、『かがみの孤城』で作画監督を務めた板垣彰子に対して、リアルな人物描写と漫画的キャラクターが同居することを志向し、“日本人らしさ”にとらわれない表現を提案したのだとか。

さらに重要なのは、天海祐希というボイスキャスト。伊藤監督は自宅で原作を読みながら妻と話をしている中で、天海祐希の名が挙がってからは、千舟のセリフを天海祐希の声のイメージでしか読めなかったそうで、「もし断られたらどうしよう」とさえ思っていたのだとか。
こうして誕生したのは、少年少女の活躍を推すアニメ作品が多い中ではとても珍しい、白髪やスーツ姿やメイク、さらには「有無を言わせない言葉の強さ」までも含めて「カッコいい60代の女性」でした。

ドラマ『女王の教室』(日本テレビ系)も連想する天海祐希の声で「愚かですね」と言われると反論できなくなってしまいそうですし、さらにはとある場面で「弱さ」を見せることも含めて完璧な演技とハマりっぷりで、もう彼女以外のキャスティングは考えられないほどです。

もちろん、無気力なようで次第に人生の道を見つけていく主人公を演じた高橋文哉、ちょっと猪突猛進なところも含めてかわいい齋藤飛鳥、不良性をにじませながら期待や責任の重さを感じている大場壮貴、普段は穏やかなようで激情も隠せなくなる大沢たかおと、ほかのボイスキャストも文句なしのキャスティングと好演なので、それぞれのファンにも必見作でしょう。
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アニメだからこそ「現実でもこうなんだよなあ」な感情を描ける
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