ヒナタカの雑食系映画論 第166回

『紅の豚』はなぜ主人公が「豚」なのか。宮崎駿自身が「こうかもしれない」と解釈するラストの意味

『紅の豚』を7つの項目に分けて解説しましょう。ラストや、ポルコが豚になった理由にはたくさんの「想像の余地」がありますし、宮崎駿監督の「願い」が込められていることも、重要だと思うのです。(画像出典:(C) 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN)

3:登場するのは「自分をしっかりと確立した人間」だけ

では、宮崎監督が描きたかった物語およびキャラクターが何かといえば、その1つが「こうして生きることを選んだ人たち」なのだと思います。例えば、下記の言葉が根拠です。

『紅の豚』に出てくるのは自分を全部確立した人間だけなんです。フィオも揺るぎなく自分です。劇中の出来事を通じて大人になったとか、そういうんじゃないんです。自分がやることも、意志もはっきりしていて『私は私』なんです。フィオがポルコについて行くのは商売のためであり、自分が作った物に対する責任があるからです。ポルコが好きだからじゃないですよ。もっとも、嫌いだったら行かないでしょうけれどね(笑)。

『ジブリの教科書 紅の豚』P60

なるほど、17歳にして飛行機設計技師であり、物怖じしない性格のフィオは、まさに自分をしっかり確立しています。ジーナもまた、3回も結婚した飛行艇乗りと死別したことに「もう涙も枯れちゃったわ」と言いつつ、ホテルの女主人として、また歌手として多くの人に愛される存在です。

ほかにも、豪快でどこか憎めない空賊・マンマユート団の面々や、惚れっぽい性格でポルコと激しいバトルを繰り広げたカーチスも、みんな「迷い」を見せることはありません。登場人物たちは全員「まっすぐ」な言動をしているのです。
紅の豚
(C) 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN
『紅の豚』が「気持ちがいい」作品に仕上がっているのは、そのためでしょう。ブレない、悩まない、「自分はこうだ」と信じて生きている愛すべきキャラクターがたくましく、(後述するように激動の時代を迎えるとしても)彼らが元気でいることを願いたくなる……それこそが素晴らしい作品なのだと思うのです。

4:ポルコが豚になったのは「自由」「罰」のためかもしれない?

ポルコがなぜ豚になったのかは、劇中では明確にされていません。しかし、彼は自ら豚になることを選んだのではないか、つまりは自分自身に“魔法”をかけたのではないかと想像もできるところもあります。
紅の豚
(C) 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN
その大きな理由として考えられるのは、「戦争や国家のために働きたくなかった」ということ。ポルコはあるシーンで「ファシストになるより豚の方がマシさ」「俺は俺の稼ぎでしか飛ばねえよ」と口にしています。豚は「家畜」という言葉があるように、従属する存在とも言えるからこそ、それに抗い自由になるため、逆説的に豚になったのかもしれません
紅の豚
(C) 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN
あるいは、戦争で親友を亡くしたという「負い目」も、豚になった理由なのかもしれません。ポルコは「死んだはずの親友が向かった『ずっと高いところにある一筋の不思議な雲』に行く」ことができませんでしたし、「(戦争で)死んだやつはいいやつさ」という言葉からは「自分はいいやつじゃない」という自虐的な気持ちも垣間見えます。豚は「侮蔑」の対象でもあり、その姿になることが自身への「罰」だとも考えられるでしょう。

さらには、ポルコは豚の姿になることで、3人の飛行艇乗りの夫を亡くしたジーナとは恋仲にはならない、もう悲しませたりはしないのだと、自らを「戒めていた」とも解釈できます。前述したラストで、宮崎監督が「(ポルコが)自分を許さないというほうが好きです」と言った意味(理由)も、そこにあるのかもしれません。
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