世界を知れば日本が見える 第67回

緊迫するインド対パキスタン…「核戦争」に発展するのか。あえて「美しいリゾート地」でテロが行われたワケ

インドとパキスタンの関係が、4月22日にカシミールで起きたテロをきっかけに再び緊張。背景には複雑な領土問題と長年続く紛争がある。核保有国同士の対立の行方に注目が集まっている。

インドによる“占領”のイメージを植え付けたいパキスタン

印パによるカシミールの帰属をめぐる争いは、現在まで「失われたパラダイス」の「忘れられた紛争」と呼ばれるほど長く継続し、解決の糸口すら見つかっていない。
 
カシミールはインドとパキスタン、ヒンドゥーとイスラムの火種が集約された主戦場だと言える。
 
インド同様に核保有国である隣国のパキスタンは、カシミールの領有権問題を「利用」しながらイスラム系の過激派組織を支援し、インドに送り込むなどして混乱を引き起こそうと活動を続けてきた。
 
インド領カシミールでも、パキスタンが支援するイスラム系テロが長年頻発している。パキスタンの思惑は、とにかくインドがカシミールを“占領”しているというイメージを世界中に植え付け、カシミール全域を支配したいのだ。

美しいリゾート地でテロが行われたワケ

カシミールのリゾート地・パハルガム
カシミールのリゾート地・パハルガムの入り口(写真は筆者撮影)
今回のテロ事件は、カシミールのリゾート地・パハルガムで起きた。筆者はパハルガムを訪れたこともあるが、自然に囲まれた美しいリゾート地であり、そこでインド人を狙ったテロが起きたことは衝撃である。イスラム系テロ組織「ラシュカレ・タイバ(LeT)」が関与しているとされ、リゾート地でテロを起こして世界に衝撃を与えることが、こうしたテロ組織の目的の1つでもある。
 
ラシュカレ・タイバは、1990年頃に設立され、パキスタン軍の諜報機関「軍統合情報局(ISI)」から支援を受けているテロ組織と分析されている。パキスタンはラシュカレ・タイバを、カシミール紛争で戦う武装勢力のコントロールや、カシミールのインド統治を混乱させるための「戦闘部隊」として使ってきたとされる。
 
ラシュカレ・タイバは、2008年にインドのムンバイでも大規模なムンバイ同時多発テロ
を実施し、日本人1人を含む166人を殺害している。映画『ホテル・ムンバイ』で扱われた事件だ。

「政府の言われるまま動くだけでなく……」

筆者が以前取材したインドのインテリジェンス機関である「インド情報局(IB)」のマロイ・ダール元局長は、パキスタン政府とラシュカレ・タイバについてこう述べていた。
 
「ラシュカレ・タイバはパキスタン政府が最も信頼する外部の武装組織だ。だがそれだけではない。彼らは政府の言われるまま動くだけでなく、インドによるカシミールの統治に対して戦うという自分たちの強い信念も持っている」
 
この事件が、これから核戦争につながる可能性を指摘する物騒な声もあるが、筆者はこれまでの数々のテロ事件などを鑑みると、そこまでの事態には悪化しないのではないかと見ている。ただそれでも、両政府がけん制し合っている今はまだ楽観視はできない。今後の動きに注目だ。
 
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。

X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル
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