ヒナタカの雑食系映画論 第152回

アカデミー賞有力『ANORA アノーラ』が、“R18+指定”映画史上最も万人に勧められる理由

アカデミー賞で6部門にノミネートされている『ANORA アノーラ』は「アンチ・シンデレラストーリー」と銘打たれた理由がある、とんでもなく面白い映画でした! R18+指定が設定された映画史上、最も万人におすすめできる理由と魅力を記しましょう。(※画像出典:(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures)

3:決して褒められたような人間じゃない主人公が嫌いになれない

ショーン・ベイカー監督はインディペンデント映画で高く評価された作家であり、本作をはじめ、2017年に公開された『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』などの過去作でも共通しているのは、セックスワーカーの女性を主人公としていることと、そんな彼女を「同情するべきかわいそうな女性」のようには描いていないことです。
アノーラ
(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures
もっと言えば、今作の主人公であるアノーラは、決して褒められたような人物ではありません。「Fワード」を口にしまくりですし、ときには男性嫌悪的なセリフもはっきりと言います。それでも彼女のことを嫌いになれないのは、演じているマイキー・マディソンというその人の魅力があることはもちろん、初めこそ「7日間、1万5000ドル」で契約したはずの関係が結婚につながり、彼女が心から幸せに思えた瞬間を観客自身が“知っているから”なのでしょう。
アノーラ
(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures
セックスワーカーの女性を通り一辺倒でステレオタイプな「型」には落とし込まず、人間としてはっきりイヤなところを見せたりもするけれど、それも含めて彼女の猪突猛進でパワフルな生き様を、ありのままの「彼女らしさ」として描いています。単純な善悪の判断でも測れない、ショーン・ベイカー監督の女性へのまなざしは、とても誠実なものだと思えたのです。

4:誰もがきっと大好きになる、助演男優賞ノミネートも納得の青年

アノーラのほか、初めは愛らしくも思えた御曹司のイヴァンも次第に「こいつ……!」と思ってしまう面を見せますし、2人の元に送り込まれた男性たちも「仕方なくこの仕事をやっている」といった悲哀がありありと伝わるような存在感を発揮していました。欠点や問題だらけではあるけれど、どうしても憎みきれない「人間」として、みんなが愛おしくなってくる(あるいはいい意味でちゃんと“嫌い”になる)のも本作の優れたところでしょう。

そして、おそらく映画を見た誰もが、その屈強な男たちの1人である「イゴール」という青年を大・大・好きになるのではないでしょうか。
アノーラ
(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures)
彼もまた力づくでアノーラを押さえつけようとし、躊躇(ちゅうちょ)せずに器物破損をしたりもする、正しくない人物なのですが、その一方で彼が冷静かつとても思慮深い人物であることも分かってきて、劇中で最も信頼したくなる人物にも思えてくるほどなのです。そのイゴールを演じたユーリー・ボリソフがアカデミー賞助演男優賞にノミネートされていることもまた、見れば大いに納得できるでしょう。
アノーラ
(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures)
人間は誰しも欠点や問題を抱えているもの。だからこそ見る人それぞれが、「極端ではあるけれど現実にもいそう」な劇中のキャラクターそれぞれに自己を投影して、感情移入できるはずです。その中でも、イゴールに(もちろん犯罪行為は別にして)憧れたり、特に共感する人は多いのではないでしょうか。それもまた、万人に本作を勧められる理由なのです。

5:笑った先にある、号泣もののラスト

まさかの事態の連続に大笑いし、ときには心配したり応援したりもできるエンタメの先にあったのは、1人の女性の「生き方」のドラマでした。詳細は伏せておきますが、アノーラもイヴァンもとんでもない事態を経て、とても大切なことを知った……幸せの絶頂を迎えたり、あるいはひどい裏切りにあったのかもしれないけれど……絶対的に「何か」はあったのだと、物語を通じて思えたのです。
アノーラ
(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures
そして、ラストシーンで筆者は、滝のようにあふれる涙を抑えることができませんでした。それまでの「対比」と相まった「場所」でこそ際立つ、確実な「変化」があり、複雑な思索が巡るようなシーンでした。究極的には「この物語はこのラストのためにあった」と、いや「こういうラストのために映画を見ているんだ」とさえ思えたのです。
アノーラ
(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures
シンデレラのように白馬の王子様に期待することだって悪くはないかもしれないけれど、現実はそんなにうまくいかないし、思っている以上に残酷なのかもしれない。しかし、それでもどこかに優しさは存在し得るのかもしれない。個人的に『ANORA アノーラ』から受け取ったのは、そんな希望だったのです。さらに多くの人にとっての、宝物のような映画になることを願っています。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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