ヒナタカの雑食系映画論 第149回

映画『ファーストキス』が大傑作である3つの理由。松村北斗へのキュンキュンの加速が青天井だった

大絶賛で迎えられている映画『ファーストキス 1ST KISS』の魅力を大きく3つに分けて紹介しましょう! 主演の松たか子と松村北斗の愛おしさも語りつつ、劇中の「3年待ちの餃子」の意味なども併せて考察してみます。(画像出典:『ファーストキス 1ST KISS』公式Xより)

2:松たか子と松村北斗のやりとりにクスクス笑える

本作で誰もが絶賛するのは、主演の松たか子と松村北斗の演技と愛らしさでしょう。現実の2人には年の差があり、劇中でも主人公が「45歳の自分が29歳の青年(夫)にアプローチをかける」ことを気にしてしまったり、若者から「おばさん」となじられたりしてしまう場面もあります。しかしながら、この映画を見ていると(後述するテーマもあって)年の差なんて気にならなくなり、2人がお似合いに見え、心から両者の幸せを願いたくなります
 
松たか子演じる主人公は、ずぼらなところがあり、猪突猛進で危なかしく、時に“イタい”とすら思える人物。ですが、それも含めてチャーミングに思えるのは、松たか子というその人のどこかあっけらかんとしたイメージ、そして劇中における行動の最中で大きな不安を抱えていることが分かる演技力のおかげでもあるのでしょう。
 

松村北斗の魅力および俳優としての力も神がかり的に発揮されています。近作では映画『夜明けのすべて』にも近い役柄で、あまり感情を表には出さず、オタク気質とも言えるキャラクターですが、その内面はおおむねで誠実で、しかもロマンチスト。抑制の効いた演技と落ち着いた声だからこそ、「ここぞ」という時に見せる感情にグッときます。
 

また1日のループごとに、松たか子のグイグイとしたアプローチに松村北斗が戸惑いつつも惹かれたり、反対に松村北斗の方からはっきりと恋心を打ち明けたりする様に、下世話な表現ですがキュンキュンしますし、ループするごとにその尊さも加速度的に増していき、もはや“青天井”に。2人のやりとりやループものとしての仕掛けが、クスクスと笑えるコメディーになっているため、メインプロットの「夫の死」の重々しさやウェットさを過度に感じさせないバランスに仕上がっているのです。
 

その中でも特に大笑い&キュンキュンしたのは、(何度もループしたこともあって)グイグイ来る松たか子から逃げ出してしまって、追いかけてきた彼女に「これ以上……」と松村北斗が言うシーンでしょう。ここで松たか子が「もう1回お願い!」と願ってしまうことに100%同意できますし、それが聞きたくてもう1度ループをしたことが分かる「編集のキレ」と「そのために服も着替えている」ことも含めて爆笑ものの面白さでした。

また、15年後の松村北斗の老けメイクや、若き日の松たか子が本当に若返って見える(おそらく)VFXの技術にも驚かされます。現在公開中の映画『敵』でも素晴らしかった四宮秀俊による撮影もあって、全編が「眼福」というに相応しい画の美しさに満ちていました。

3:あり得ないファンタジーなのに、現実にフィードバックできる

さらに物語を大きくけん引しているのが、ここまで幸せに思えた2人が、15年後にはそうではなくなっていることです。いつしかご飯を別々に食べるようになり、夫から離婚届を役所に出そうとする(その直前で事故に遭って亡くなった)など、冷え切った関係になってしまいます。そのシーンを見せてからループを繰り返すことで、「初めて出会った頃の2人がこんなにお似合いに見えたのに、どうしてこうなってしまったんだろう……」と、より切なくも思えてくるのです。
 

物語に深みを持たせているのは、『花束みたいな恋をした』などを手掛けた坂元裕二による脚本らしい、パーソナルでありながらも、どこにでもありふれているような、卑近ともいえるカップルの会話と、哲学的でもある思考の数々です。例えば「相手の靴下を履いてしまう」ことや「電気を消し忘れた」といったこと、それに真っ当な指摘をする相手の「正しさ」など、1つひとつはささいなことが積み重なって大きな不満になったからこそ、15年後には夫婦関係は破綻をしてしまったのだろう……と、劇中の具体的な出来事が大きな説得力をもたらしているのです。

しかし、この物語ではそうしたささいなことを、相手に対する不満へと収束していくような結論には絶対にせず、もっと言えば受け取り方、考え方、対応の仕方で人の価値観は大きく変わっていくという、大きな希望も得られる内容になっています。
 

そのことは、先ほど挙げたループものの定番要素の先にある、「同じ時間を繰り返すことで出来事はリセットされているようで、実はポジティブに積み重なっていることもある」ことにも強く結びついています。何しろ、主人公は何度も何度も若き日の夫に「初めて出会った」ことで、その魅力や愛おしさの「再発見」ができたし、その頃の気持ちを大切にしていれば、その後も幸せになれるのではないか……と、思えるのですから。

本作はタイムトラベル&ループという、都合がいいとさえ言ってしまえるファンタジーを扱いながらも、決して過去には戻れない現実にこそフィードバックができる内容でもあるのです。それは、劇場パンフレットに掲載された、以下の坂元裕二の言葉からも分かります。

「今回描きたいと思ったのは、タイムトラベルをひとつの入り口として、人と人との関係をもう一度やり直すことです。でもそれって、本来は現実の中でもできるようなことですよね。だから、結論になっちゃいますけど、これはタイムトラベルしなくてもできることだよなって。最終的にそう思い至るプロセスを面白がってもらえたらいいなと逆説的に考えました」

もちろん、前述した主人公の当初の目的である「夫の死を回避すること」は「現実にはできないじゃないか」とも思えるところですが……多くの人の涙腺を崩壊させたであろう、終盤の展開と言葉からは、もはや夫婦関係やラブストーリーという枠組みにも収まらない、「人生の結果ではなく過程を肯定する」大きなテーマを扱っているとも言えるのです。
 

既婚者が見れば「パートナーのことを考えてこれからはより良い夫婦関係を築こう」と、独身者が見れば「結婚したくなった」と心から思えるでしょうし、あるいは大切な人を亡くしたり離れ離れになったりした経験がある人にとっては、その人との過去をいつくしむように思い出すきっかけになるでしょう。人それぞれで捉え方も異なるでしょうが、実は普遍的な「過去をもって未来を前向きに生きる」ための物語でもあることは間違いありません。
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おまけ:「3年待ちの餃子」が示しているものは
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