インド映画のような歌の演出の意味は?
そして、今回のアニメ映画版『ベルサイユのばら』の最大の特徴が、「歌による演出」です。物語で一定の区切りがある箇所で、それぞれの心理がイメージのようにきらびやかな映像として表れ、物語の壮大さやキャラクターの力強さを示す歌詞とともにメロディアスな楽曲が流れるのです。
この歌による演出は、「時間の変遷」も示しているともいえます。劇中では実に20年以上の時の流れがあり、冒頭では少年少女だったキャラクターが成長し大人になっていきます。

その表現が何に近いかといえば、「インド映画」。インド映画の定番ともいえる歌とダンスは、恋心などの感情を伝えたり、夢や妄想を示していたり、はたまた場面転換や時間を早送りするために用いられたりするのですから。

もしも、この歌の演出がなければ、「あれ? 急に時間が飛んだな?」と違和感を抱いたり、物語やキャラクターそれぞれの感情がダイジェストのようにあっさりと流される印象を持ってしまったことでしょう。初めての歌の場面にはびっくりするかもしれませんが、見ていくうちに必然性がある表現だと理解できる、こちらも1本のアニメ映画に「原作の魅力」を凝縮するための1つの方法だと納得できます。
また、そもそも『ベルサイユのばら』には宝塚歌劇団による舞台版があり、「歌もの」との相性の良さが証明されています。この歌の演出が「アリ」だと思える土台に基づいた大胆な挑戦であると思えますし、それは間違いなく成功していました。
さらには、身分の異なる者たちの友情や、国家の存亡にも関わる物語から、直近のインド映画『RRR』や『JAWAN/ジャワーン』を連想させるところもあります。今回初めて『ベルサイユのばら』の物語に触れる人は、歌の演出を抜きにしても「インド映画っぽさ」を感じられるのかもしれません。
もちろん、豪華キャスト陣の歌唱と楽曲およびそのものも大きな魅力です。メインテーマ『The Rose of Versailles』で歌声が「呼応」しているようにも思えるのも聞きどころ。『進撃の巨人』の澤野弘之とKOHTA YAMAMOTOが手掛けた音楽映画としての魅力は映画館でこそ堪能できると思いますし、『呪術廻戦』を手掛けた制作会社MAPPAによるアニメそのもののクオリティーも期待してほしいです。
ミュージカルが苦手な人にもおすすめできる理由も
今回のアニメ映画の歌の表現をミュージカルと呼ぶこともできるとは思いますが、「日常の中で急に歌って踊る」わけではない、あくまで現実から離れた(キャラクターそれぞれの)イメージとしての映像および楽曲に思えたので、筆者個人としてはミュージカルとはいえない(やはり最も近いのはインド映画)と考えています。
さらには、映画『グレイテスト・ショーマン』のような感じでミュージカルに慣れていない人にも聞きやすさのあるような楽曲にしたいと、打ち合わせの時に告げていたことなどが記されています。この言葉通り、本編はミュージカルに抵抗がある人でも楽しめるように工夫された作品なのです。

さらには「ファンの方々には、原作がそのままアニメになっているイメージで楽しんでいただけると思います」と自信とリスペクトものぞかせている通り、原作の大ファンの監督が手掛けた作品ながら、マニアックになり過ぎず、一見さんにも優しく、間口がとても広い作品になっていることは本作の大きな美点です。ぜひ、『ベルサイユのばら』のファンはもちろん、予備知識ゼロだという人も、インド映画のようなゴージャスさも期待しつつ、劇場でご覧になってほしいです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。