4:1年弱ほど休んでいた綾瀬はるかの運命
やはり本作の目玉は、主演の綾瀬はるかでしょう。パブリックイメージとしてはとても真面目、はたまたマイペースで天然、ドラマや映画でも親しみやすいキャラクターを多く演じている印象ですが、今回の『ルート29』ではその正反対です。コミュニケーションが苦手で、思ったことや感じたことを独り言のように日記に書いている、というキャラクターなのですから。実は、綾瀬はるかは本作の前に映画やドラマの撮影を1年弱ほど休んでおり、その間に「次の作品は、縁(えん)を感じるものや運命を感じるものをやりたい」とずっと思っていたのだとか。
しかも、綾瀬はるかは森井監督の前作『こちらあみ子』が大好きだったそうで、今回の『ルート29』の台本を読んだときには「すごく優しい時間が流れていて、自然と涙が流れていました」「読めば読むほど毎回大好きになる不思議な台本でした」「気負わずスッと入っていけそうな気がした」「『こちらあみ子』の主演の大沢一菜ちゃんに会ってみたい」といった気持ちもあって、オファーを受けることを決めたそうです。 その縁と運命が最良の結果を生んだことは、出来上がった作品、特に綾瀬はるかの演技そのものから分かります。寡黙であまり感情を表に出さないキャラクターだからこそ、「ここぞ」という時の繊細な心の動き、特にラストの表情などから、観客の心を揺さぶる、新しくも美しい綾瀬はるかが見られるのですから。
綾瀬はるかは自身が演じた役について、「過去に何かがあったのか、積極的に人とつながりを持とうとはしていません。それを心のどこかで寂しく思う気持ちもあったのかなと。だからこそハル(大沢一菜)との旅を通して、初めてさまざまな“感情”をもらい、心が明るくなっていくんです」などとも語っています。
2人の主人公は現実から少し離れた立場かつ、口数が少ないことも含めて、似た者同士にも思えますが、その旅を通じてどのように心境が変わったのか……綾瀬はるかと大沢一菜それぞれの演技からも、大いに汲み取ることができるでしょう。
5:「理屈ではないこと」も描いている
森井監督は「Kiss PRESS」のインタビュー記事で、前述した旅の途中で出会う不思議なキャラクターたちについて、「2人のことをどうこうしようという意図を持って登場させてはおらず、それぞれが勝手に生きている人々であり、2人とは偶然に出会う構成にしています」と語っています。なるほど、通常の物語では、誰かとの出会いによって主人公の感情や行動が激変していく、という方が一般的でしょう。しかし、森井監督には「“何かの役割を帯びた人物”が目の前に現れて主人公に作用するという流れはうそくさい気がしていて。それこそ非現実じゃないか」という感覚があったそうです。
そのうえで、森井勇佑監督は「人間はみんなそれぞれが生きている中で、出会いや時間をともにするなどの“接点”を持つと思うのですが、そういったロジックの中で変化が生じるのではなく、ともに過ごした時間がそれぞれの心の中でどのように作用していくかを描きたい」とも考えたのだとか。
確かに劇中の不思議な出来事およびキャラクターは、それぞれが「主人公をこう変えていく」という具体的な役割を持たせてはいませんし、私たちが現実の人生で出会うほとんどの人もそうなのだと思います。だけど、その出会いにより心が少しだけ揺れ動いたり、何かの作用はあるのかもしれない……それも世界の本質だと思えたのです。
乱暴な言い方をしてしまえば、この『ルート29』で描かれているのは「理屈ではないこと」。「考えるよりも感じる」タイプの作品とも言えるでしょう。
それはそれとして、「どういうこと!?」となる場面も多くあるものの、その困惑、いや「感情が迷子になる」ほどの展開や演出もまた楽しい内容だったりするのです。繰り返しになりますが、やはり映画館という場所でこそ、2人の不思議な旅路を見届けてほしいです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。