2:連想するのは、鈴木清順やデイヴィッド・リンチの作品?
『ルート29』の大筋の物語はシンプルです。鳥取県で清掃員として働いている寡黙な女性が、仕事で訪れた病院で入院患者の女性から「私はもうすぐ死にます。娘をここに連れてきてほしい」と頼まれ、姫路にいる女の子の元へと訪れて2人で鳥取へ旅をします。 物語の発端そのものもやや現実離れしていますが、道中で出会うのは「この人は現実にいる人なの?」と思ってしまうほど、不思議なキャラクターばかり。2匹の犬を連れた赤い服の女性、ひっくり返った車の中にいた老人、「人間社会から逃れるために旅をしている」と語る親子などなど……それぞれがミステリアスなのですが、同時に親しみやすさや、とぼけたユーモアも感じさせて、なんだか居心地がいい、というバランスも面白いのです。その不思議な話運びや手の込んだ画作り、現実と非現実の境界線がいい意味で「あいまい」にも思える様は、『ツィゴイネルワイゼン』や『ピストルオペラ』などの鈴木清順監督や、『ストレイト・ストーリー』や『マルホランド・ドライブ』のデイヴィッド・リンチ監督を連想するほど。実際に『ルート29』の森井勇佑監督は、鈴木監督作の4Kデジタル完全修復版特集上映「SEIJUN RETURNS in 4K」の予告編のディレクションを担当しており、そのリスペクトが本作にも込められているのは間違いないでしょう。
変わったキャラクターがたくさん登場する、現実とファンタジーが交錯するような作品ですが、河井青葉が演じる小学校教師は、比較的現実味のあるキャラクターとなっています。しかし、決して穏当なだけではない、「毒」も込められた彼女の言葉は、この作品の本質を示しているようで、強い印象を残すことでしょう。
なお、物語の冒頭で主人公の女性は清掃会社のワゴン車を盗んでいますし、小学生の女の子を連れ回している、客観的にははっきりと犯罪者だったりもします。もちろん、その行動理由は母親と娘を会わせるという善意のはずなですが……そのように(警察または一般的な価値観からの)逃亡者にもなっている2人の旅の顛末(てんまつ)が、現実的でシビアな着地になるのか、それともファンタジーに「寄る」のかにも、ぜひ注目してほしいです。
3:事前に監督の前作『こちらあみ子』を見て分かること
『ルート29』はびっくりする内容ではありますが、森井監督の長編映画デビュー作『こちらあみ子』を見てみると納得できることもあるので、可能であればそちらを先に見ることをおすすめします。同作は芥川賞作家・今村夏子の小説の映画化作品で、とある悲劇を経験した家族の生活が、小学生の娘の純粋な行動をきっかけに「変わってしまう」様が描かれます。今回の『ルート29』で綾瀬はるかと実質ダブル主演を務めた大沢一菜が、『こちらあみ子』でも「一度見たら忘れられない」ほどの存在感があります。
特徴的なルックス、力強いまなざしもさることながら、生命力に満ちているような佇まい……劇中で大沢一菜が演じているのは、発達障害またはADHD、またはそのグレーゾーンとして診断されるであろう、風変わりな言動のために家族や同級生との不和が生じてしまう少女ですが、「それだけじゃない」魅力や健気さも感じられるはずです。その後に今回の『ルート29』での大沢一菜を見れば、少し成長をしたように思える彼女の姿にも、感慨深いものがあるはずです。
『こちらあみ子』は現実的かつシビアな出来事が起こり続ける内容ですが、時々「えっ!?」と驚く、現実からやや乖離(かいり)したシーンや、はっきりとファンタジックな画もあります。それぞれが主人公の妄想とも解釈できますが、そうとも言い切れないシーンもあるというバランスなので、今回の『ルート29』よりは飲み込みやすいでしょう。それでいて、森井監督に通底する作家性はもちろん、音や画の工夫で語る映画作家としての巧みさを、両者ではっきりと感じられるはずです。