藤ヶ谷太輔の愛情と、「らしさ」が生きた役柄
藤ヶ谷太輔は映画化が決まる前から、「人生で最も好きな小説」に挙げていたほど原作が大好きだったそうで、「辻村さんは僕のこと知っているのかなって思えるぐらい、僕自身の物語」とさえ思っていたそうです。
監督の萩原健太郎は「スターなのに誰とでも常にフラットに接する藤ヶ谷さんと重なる部分を感じました」「藤ヶ谷さんのコアにある優しさが現場で常ににじみ出ていて、どんどん架の事が好きになりました」とも語っています。
なるほど、その言葉通り、劇中での藤ヶ谷太輔は、人付き合いもよく社会的に成功していて、正直に言えば「いけすかない」印象をやや感じたりはするものの、愛嬌(あいきょう)があり、優柔不断な中にも誠実さが感じられる、応援したくもなってくる、どこか憎めないキャラクターになっていました。

もちろんそちらが素晴らしいことも前提として、今回の『傲慢と善良』では藤ヶ谷太輔という本人に近い役柄だからこそ演じられた、「らしさ」が生きた演技であることにも注目してほしいのです。
奈緒の感情や背景を「言葉以上」に表現する演技
奈緒もまた、「辻村先生の作品に出演したいとずっと思っていたので今回夢がかなってうれしいです!」と言うほど、原作に思い入れがたっぷりだったそうです。
萩原監督は「奈緒さんは真実というキャラクターの背景をどこまでも深く広く想像力をもって演じてくださいました。撮影前は想像していなかった真実の姿を見る度に真実が自分の想像を超えて魅力的な女性であると気付かされました」と、やはり絶賛しています。
その言葉通り、発せられる言葉以上の感情や背景が、奈緒の表情そのものから感じられることに圧倒されるでしょう。

今回の『傲慢と善良』でも精神のバランスの不安定さを感じるものの、「それだけではない」彼女なりの思い、いや信念はあるのだろうと思わせる様も、大きな見どころです。
原作からの再構成の意義
実は、映画は原作から大胆に「再構成」がなされています。ミステリー性の追求よりも「婚約者への愛が試される物語」を重視することは、2時間(実際には119分)の尺に収める映画化のアプローチとしても納得ができるものでした。
その辻村深月が「よくぞここまで彼らのことを理解し、心に迫ってくれたと感動し、大きな感謝に包まれました。作中の架と真実もきっと同じ気持ちだと思います」とまで絶賛しています。
多くの原作ファンにとっても、同じ気持ちで映画を見られるでしょう。納得できる脚本のアプローチに加えて、原作を愛し、言葉以外でも多くを伝える藤ヶ谷太輔と奈緒という俳優の表現力が、この映像化作品を「これ以上はない」ほどのものにしているのですから。