『ディア・ファミリー』でとことんこだわったリアリティー
『ディア・ファミリー』はノンフィクション作品を原作とした、世界中で17万人もの命を救った「IABP(大動脈内バルーンパンピング)」の誕生秘話を描く映画です。週末興行成績は2週連続で1位とヒットしており、記事執筆時点で映画.comでは4.3点、Filmarksでは4.2点という高評価の口コミも動員につながっているのは間違いないでしょう。
こちらも作り手のコメントから、決して安易な内容ではないことが伝わります。月川翔監督は6月11日掲載の「ひとシネマ」のインタビュー記事で、「命が尽きて悲しい物語ではなく、家族が目標を達成して、今も救われる人がいることに感動させる映画にしたかった」と、こちらも『よめぼく』と同様に「悲しい内容ではない」ことを推しているのです。
さらに、月川翔監督は「作り物と思われたら観客の気持ちが離れてしまう」と覚悟し、実際に人工心臓を作った父親や別の技術者に「あきれられるほど根掘り葉掘り聞いた」などと、リアリティーにこだわったことを語っています。しかも、劇中では40年以上前の町並みや風俗が忠実に再現されており、美術や小道具などの作り込みで「現実にあったこと」の説得力もこれ以上なく高めているのです。
NHKの『プロジェクトX』的でもある面白さ
何より推したいのは、“仕事映画”として面白いことです。人工心臓を作るためのノウハウ、かかる費用と時間、保守的な医学界との衝突など、『プロジェクトX〜挑戦者たち』(NHK総合)的でもある「不可能を可能にする」ための奮闘に惹きつけられます。
さらに、晩年の主人公から過去を振り返る「回想形式」であることが効いています。ある意味では「余命10年の娘のために人工心臓を作ろうとしたものの、実際に作られたのはIABPである」という結末を、はじめから意図的にネタバラシする構造ともいえます。それを持って「人生をかけた目標や夢が潰える」という、余命宣告とはまた別種の絶望を容赦なく描く物語といっていいでしょう。
『ディア・ファミリー』は、絶望からの「再起」の物語
その絶望からの「再起」の物語の面白さと尊さを土台とし、ちょっとしたセリフや行動が後と呼応する脚本の工夫、主演の大泉洋を筆頭とする役者それぞれの説得力、ウェットな表現を抑えて2時間以内でテンポよくまとめた作劇と演出など、やはり「面白い」と思えるポイントばかり。予備知識がなくても楽しめるエンタメとして、ここまで万人におすすめできる映画はなかなかないと思えるほどです。
余談ですが、筆者は正直に言って、予告編を見た時点では本作を見る気が全く起こりませんでした。その理由は編集や切り出したセリフや演出から、本編も「泣け〜泣け〜」と言わんばかりの雰囲気の映画なんだろうなと、思ってしまったからです。
もちろん、それも「泣ける」映画を求める多くの観客へ訴求するための予告編の作りとしては正解なのでしょうが、月川翔監督のコメントにもある通り、本編はやはり作り手の誠実さが前面に押し出された、「死で泣かせるような物語ではない」ことも知ってほしいのです。