5:美しさが極まった怒濤のクライマックス
全編が映画の豊かさに満ち満ちているのですが、特にラストバトルの壮絶さと面白さが、またとんでもないことになっています。詳細は秘密にしておきますが、痛快な伏線回収と、「二段構え」以上の怒濤(どとう)の展開が積み重なるなど、映画という娯楽が極まった、酔いしれるような多幸感とカタルシスがありました。 重要になるのは、悪人を演じた斎藤工の迫力と魅力。その言動もまた極端かつ、はっきり草なぎ剛演じる主人公とは相いれないのですが、彼は彼でこの世界の「真理」や「不条理」を自分なりに理解している、重圧な人物に見えてくるのです。
その斎藤工は、「現場でお会いした剛さんは、草なぎ剛では無く、柳田格之進(主人公)そのもので、静かに鳥肌が立ちました。『碁盤斬り』は、白石和彌監督ならではの、エグみと深みを含んだ美しい時代劇になっていると思います。同時に、草なぎ剛さんの新たな表題作に参加出来た事を、心から光栄に思います」とコメント。
白石監督はこの言葉通り、「悪」も容赦なく描く残酷性、人物造形の深みにも定評のある作家であり、だからこそ今回のような危うさと表裏一体の美しさのある題材と抜群の相性を見せたといえます。そして、「鳥肌の立つような(斎藤工と)草なぎ剛との対峙」の凄まじさは、観客にもきっと伝わるでしょう。
さらには、全編にわたって感じていた画そのものの美しさも、クライマックスで極に達していました。特に夜の「闇」は、映画館でこそ、最大限に堪能できるできるでしょう。
6:脚本家の言葉が「その通り」になった
脚本を担当した加藤正人は、草なぎ剛と『日本沈没』(2006年)以来2度目の仕事となることについて、こう熱く語っています。「草なぎさんは、(撮影所の)薄暗いセットの片隅で、1人熱心に台本を読み込んでいた。役に打ち込むストイックなたたずまいが神々しかった。今日まで、俳優として大きな賞を受賞し、めざましい活躍を続けているのも当然だ。その草なぎさんが柳田格之進を演じるということで、期待に胸が膨らんでいる。この脚本は私の代表作だ。必ずやいい作品になると信じている」
実際に出来上がった映画を見れば、この言葉は完全に「その通り」になっていました。かつての草なぎ剛の「役に打ち込むストイックなたたずまい」は、今回の「生真面目で融通が効かない様が危ういけれど美しくもある」主人公像にも重なっています。
複雑な人間の感情が絡み合った物語の完成度と面白さからすれば、同じく白石監督とタッグを組んだ香取慎吾主演作『凪待ち』にも通じている、脚本家の加藤正人にとっても本作が最高傑作だと断言できます。
7:今の時代に必要なものがある
そして、白石監督は「加藤さんが書いてくれた実直な浪人柳田格之進が選択する未来に、少しだけ今の時代に必要なものが見えた気がしました」とも語っています これまで書いてきた通り、主人公は生真面目すぎて、疑いをかけられた結果として復讐に向かう、危ういどころか間違っていると思ってしまう行動をするのですが……その物語の帰着を思えば、白石監督の「選択する未来に、少しだけ今の時代に必要なものが見えた」、という言葉の意味も、きっと分かると思うのです。そして、そうしたメッセージ性を抜きにしても、ほのぼの人情時代劇からの、胸に迫るヒューマンサスペンス、そしてクライマックスのアクションと、次々にジャンルが変わっていくようなエンタメ性を思えば、やはりただただ「面白い!」と感服するばかり。劇場公開中の注目の映画が大渋滞を起こしていますが、ぜひ最優先で見てください。
※草なぎ剛の「なぎ」は、弓へんに前+刀が正式表記
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。