5:重要な大筋の出来事は?
さらに、物語上で特に重要な出来事を時系列順に挙げておきましょう。年代とオッペンハイマーの年齢を記しておきます。1925年 21歳
ハーバード大学を3年で卒業、イギリスのケンブリッジ大学に留学。
1942年 38歳
政府の極郡プロジェクト「マンハッタン計画」が始動。ロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され、開発チームのリーダーを務める。
1945年 41歳
7月16日
アメリカで人類史上初の核実験「トリニティ実験」が行われる。
8月6日
広島に原子爆弾(通称リトルボーイ)が投下される。
1954年 50歳
オッペンハイマーの聴聞会が開かれる。
1959年 55歳
ストローズの公聴会が開かれる(モノクロのパート)。
1963年 59歲
原子力委員会が「科学者に与える最高の栄誉」として、オッペンハイマーには「フェルミ賞」の授与が決定。
ただし、これら全ての年代を完璧に把握しておく必要はありません。なぜなら、本作は特殊メイクにより登場人物を見事に老けさせる、または若返らせるように見せており、画面を見ているだけでもオッペンハイマーが若い時、または晩年の時、ということが分かるからです。
6:オッペンハイマーの「主観」を描く映画
最後に、議論を呼んでいる「原爆の被害が直接的には描かれていない」という点についても記しておきましょう。確かに、劇中には原爆が落とされた広島の風景ははっきりとは映されていません。しかし、原爆を落としてしまったことに対しての、オッペンハイマーの「主観的な恐怖」は、とある形で鮮烈に描かれています。
振り返ってみれば、本編のほとんどは(それこそモノクロで描かれたストローズの公聴会以外では)、オッペンハイマーの一人称で語られています。「オッペンハイマーの主観を描く」ことこそが、本作の意義だといっても過言ではないでしょう。
さらに、時系列をシャッフルして描いたことで、とある場面を頂点にして、オッペンハイマーの物語および、その苦悩が、ある1点に「収れん」していくような印象も得ます。
クライマックスでオッペンハイマーはどのようなことに声を荒げ、そしてラストでどのようなことを口にするのか。そこに至れば、初めこそ不可解にも思えた複雑な構成に、確かな意義があったと思えたのです。
総じて、極めて複雑かつ多層的な要素が3時間に詰め込まれた、一筋縄ではいかない内容ですが、だからこその奥深さと面白さがある『オッペンハイマー』は、何よりもやはり映画館で見てほしいと改めて願います。
起こった事実だけではわかりようがない、役者の演技や画や演出で、「感情」を自分ごとのように擬似体験することが映像作品、ひいては映画という媒体の役割だとも思えるのですから。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。