何よりの目玉は、アリ・アスター監督最新作であること。「21世紀最高のホラー映画」と絶賛された『ヘレディタリー/継承』、明るい場所での地獄のような体験をつづる『ミッドサマー』、どちらもSNSを中心に話題騒然となっており、今作も後述する強烈な作家性がはっきり表れていました。
さらに、主人公のボーを演じるのは、『ジョーカー』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックス。今回は後述する「かわいそう」なキャラクターを全身全霊で演じ切っていることも大きな見どころなのです。
『ボーはおそれている』を見る前に知ってほしい「4つ」のこと
『ボーはおそれている』は、まったくもって「普通」の映画ではありません。少なくとも、以下の4点を承知のうえで見たほうがいいでしょう。(1)ホラーというよりもブラックコメディー的な内容である
(2)性的な場面のためにR15+指定がされている(なお、残酷描写もわずかにあるものの過去のアリ・アスター監督作に比べると控えめ)
(3)上映時間が179分とほぼ3時間なので事前のトイレは必須
(4)映画館で見ることを強くおすすめする
それぞれの理由を記しつつ、決定的なネタバレにならない範囲で、映画の特徴、いや唯一無二とさえいえる見どころ、そしてアリ・アスター監督作品に共通する作家性を記していきましょう。
「不思議の国のアリス meets 漫☆画太郎」的な不条理ブラックコメディーだった
本作の大筋の物語は「冴えない中年男性が怪死した母のもとへ帰省しようとする」というシンプルなもの。その道中では「わけの分からないこと」が立て続けに起こり、主人公・ボーはそれぞれに翻弄(ほんろう)され、ひどい目に遭いまくります。その様がはっきりと、かわいそうだけど笑ってしまうブラックコメディーとなっているわけです。 例えば、序盤からボーは「母の元へと向かうために一刻も早く飛行機に乗らないといけない」状況になるのですが、住んでいるアパートの隣人の悪ふざけ……という犯罪行為に邪魔をされてしまい、その後もあれよあれよと、とんでもない事態が重なっていきます。そのアパート付近で起こるおおむねの出来事は、「街に浮浪者や薬物依存者もいる、極めて治安の悪いところだから」で説明がつきそうでもあるのですが……時にはいい意味で「そんなことになるわけないだろ!」とツッコミたくなる事態も起こります。
それぞれの事態が「妄想」か「現実」かはっきりとせず、おかげで序盤からすでに頭がクラクラしてきますが、その後に起こる出来事はさらに不条理。約3時間の長い上映時間中、「ずっと悪夢を見ている」ような感覚にもなっていきます。
「主人公がめちゃくちゃな世界で冒険する」内容から児童小説およびディズニーアニメの『不思議の国のアリス』を連想しましたし、いい意味で唐突に露悪的なシーンを入れるギャグセンスは日本の漫画家・漫☆画太郎の作品を連想したほどでした。
筆者が試写会で見た時には、「ボーが母の怪死の理由を知る過程」や、「終盤の性行為の場面から起こるとんでもない事態」などで、観客席からいい意味での「失笑」に近い笑いが漏れていました。
これこそが、映画館で見てほしい大きな理由の1つ。現実ではとても笑えないけれど、フィクションの映画として提示されてこそ「起こることのひどさにも笑ってしまう」という、ほかの観客と共に、不条理な笑いに包まれる体験をしていただきたいのです。