「子どもには都会でたくさんの経験をさせてあげたい」
「地元には帰らない」と決めているアラサー女性はほかにも。「親が過干渉過ぎて、高校を卒業したら絶対地元を出る! と決めて、上京しました」
こう話すのは、ハルカさん(32歳/会社員)だ。彼女はミツキさんと違い、夢があって上京したわけではない。“地元を出たい”という思いがあり、大学進学とともに東京に来た。
「地元では勉強ができるほうだったので、東京の大学に進学し、そのまま就職も東京でしようと決めていました。でも、仕事に挫折して、転職を繰り返していました。それでも地元には帰らず、東京で出会った夫と結婚。今は結婚して子どもがいます」
夫も地方出身で、子育ては現在育休中のハルカさんのワンオペ状態だという。生活費もかつかつで想像以上に東京での生活は厳しい。それでもここで生活していきたいと話す。
「私は、映画が好きだったのに地元に映画館がなかった。子どもには都会でたくさんの経験をさせてあげたい。子どもがもう少し大きくなったら、東京よりも家賃の安い神奈川への引っ越しも検討しています」
夢を求めて上京するのに、東京の生活は「日本一貧しい」
ミツキさんや、ハルカさんだけでなく、上京女性からは「家賃が高い」「生活が厳しい」という言葉をよく耳にする。2021年、国土交通省が「都道府県別の経済的豊かさ」と題する驚きの調査結果を公表した。手取り収入から家賃などの生活費・通勤時間も考慮すると、東京の平均的な生活は「日本一貧しい」というものだ。
調査では、手取り収入(可処分所得)から、家賃・食費・光熱費・通勤時間を費用に換算した金額などを差し引いて、“自由に使えるお金”を都道府県別でランキング化している。その結果、東京都は47都道府県中47位となった。
東京都で暮らす平均的な世帯は、手取り収入は多いものの、生活支出が多く、さらに通勤時間が長いせいで、経済的な豊かさが日本最下位となっているのだ。
夢を求めて東京に来るのに、東京の生活は全国で最も貧しい。
上記の分析結果は、残酷な現実を示している。この結果を見ると、憧れだけで上京することに、いかに大きな覚悟が必要か突き付けられる。
「今さら地元に戻れない」から、東京にとどまるのか
それでも、東京一極集中が止まらないのはなぜか。それはやはり漠然とした東京への憧れと「今さら地元に戻れない(戻りたくない)」という思いがあるからだろう。1人の上京女性が、23歳から40歳になるまでを描き、ドラマ化もされた小説『【東京女子図鑑】~綾の東京物語~』(東京カレンダー)の中で、アラサーを迎えた主人公が悟ったように発言する言葉がある。
「自分の人生はそんなに特別ではなく『よくある物語』だったんだな」
この言葉を聞いたとき、「分かる!」という共感と、東京に来て「なにか変わるかもしれない」と漠然と思っていたあの頃の自分に現実を突きつけるような感覚を覚えた。
上京した筆者の友人たちは、少なからず地元での成功体験を引っさげて、東京に進出した。だけど今、夢をまっとうにかなえた人はほとんどいない。でも“不幸か”といえばそうではない。
タレント活動に挫折したものの、その経験を生かしてエンターテインメント会社に勤めるミツキさん。東京の会社で挫折したとしても、“地元を離れる”という希望をかなえ、東京で家庭を持つハルカさん。
思い通りにはいかなくても、東京でしかできなかった経験は今の人生に生きている。
東京は夢がかなう街じゃなく、夢がかなわなかった人に新しい夢をくれる街だ。
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この記事の筆者:毒島 サチコ プロフィール
ライター・インタビュアー。緻密な当事者インタビューや体験談、その背景にひそむ社会問題などを切り口に、複数のWebメディアやファッション誌でコラム、リポート、インタビュー、エッセイ記事などを担当。