2025年には建築基準法も改正される予定で、一般住宅にもより省エネ化が求められる見通しだ(*1)。一方で空き家問題は深刻化し、建築の“スクラップアンドビルド”はなかなか減ることがない。
今私たちが家づくりにおいて本当に大切にすべきこと、持つべき視点は、一体どこにあるのだろうか。富山県にある一級建築士事務所・フラグシップの橘さん夫婦に話を聞いた。
これからは家づくりの「省エネ化」が必須に
環境省の統計によると、2020年度二酸化炭素排出量の部門別内訳のうち、住宅や建築物を利用することによる二酸化炭素排出量は全体のうちの33%を占めるとされている。これは工場などの産業部門34%に次ぐウエートで、家づくりや暮らしが多くの二酸化炭素を排出していることを示している。一方で、住宅・建築業界の二酸化炭素排出量は、他部門よりも減少傾向が鈍化。特に家庭部門では、近年の異常気象に対する冷暖房使用率の高さ、家電やデバイスの増加などによってエネルギー使用量が上がり、二酸化炭素排出量も年々増加傾向にあるのが現状だ(*2:国立環境研究所発表資料より)。
地球温暖化やそれに伴う異常気象に危機感を覚える昨今、一般家庭でもさらなる「創エネ」や「省エネ」が求められるようになるのは必然的な流れだ。
「2024年の建築基準法改正では、一般住宅の省エネ化が義務付けられるようになります。省エネ化の正しい知識と技術を持ち合わせない住宅会社や工務店は、いよいよ厳しい時代になってきたのではないでしょうか」と、一級建築士事務所・フラグシップの橘さんは言う。
「もちろん会社側だけでなく、お客様にも省エネ化がどうして必要なのか、省エネ化することでどんなメリットがあるかなどをしっかり理解してもらう必要があります。それをきちんと説明するためにも、会社側に正しい知識と提案力が必要になりますね」(橘さん)
新築の省エネ化は進むのに、中古住宅は壊される現状
日本の建物は、他国に比べて寿命が短い。国土交通省の調査によると、建物がつくられてから消失するまでの平均期間はアメリカが55.9年、イギリスが73.2年もあるのに対し、日本はわずか38.2年(*3)。そこには日本が地震大国であることや、大火や戦争によって木造の家々が失われてきたという背景、その後日本経済の著しい成長に合わせてお金の循環を生み出すために、スクラップアンドビルドを繰り返してきたという経緯がある。
そんな文化のなか育ってきた私たちには、いつの間にか「家は新しく建てるもの」という認識が刷り込まれた。
日本の中古住宅の流通戸数は約13.5%となっており、欧米諸国と比べると6分の1程度にとどまっているのが現状だ(*4:国土交通省調査より)。
そしてさらに日本の空き家率は2020年度時点で13.6%。実はこれは世界トップの空き家率だそうで、イギリスでは3~4%、アメリカでも11%程度となっている(*5:GLOBAL NOTEより)。
住宅の省エネ化は義務付けられるのに、空き家は増え、スクラップアンドビルドが止まらない日本。
「住宅の省エネ化には性能の向上ももちろん含まれますが、それ以前に家づくりの基本に立ち帰ることが重要だと考えます。長持ちする家、そして“長く愛される家”をつくることが、住宅のサスティナビリティを考えるうえで大切なのではないでしょうか」(橘さん)
リフォームやリノベーションで“次世代につなぐ”家づくりを
そこで今見直されてきているのが、リフォームやリノベーションといった既存住宅の活用だ。同規模の建物を新築ではなくリノベーションをすることで、最大76%二酸化炭素排出量の削減につながるほか、産業廃棄物も96%削減できるという調査結果が出ている(*6:リノベる株式会社プレスリリースより)。
また、リフォームやリノベーションが広まれば空き家が減り、それによって地域の景観や防犯面も良くなるというメリットもある。
「リフォームやリノベーションすることを前提に家を建てる、というのも今後の流れとしてあると思います。誰かに引き継がれることを前提にした家づくりが、結果的に地球環境にとって良いことにつながるという意識を持ってほしいですね」と、橘さん。
そして橘さんはさらにこう続ける。
「家を持つということは、本来とても社会的な行為です。家は、そのエリアの景観や街並みをつくるピースのひとつ。地球環境や次世代のことなども踏まえ、“自分本位な”家づくりをする時代はもう終焉を迎えるのかもしれません」
キーワードは“可変性のある”家。その時の最善の住まい方を選べるのが理想
家族の在り方の変化、ライフスタイルの多様性が、コロナ禍以降さらに加速化したように思う。家で過ごす時間が長くなった一方で、家に求めるものは変化するということも実感した期間だった。「家族のステージやライフスタイルが変化すると同時に、暮らし方は変わっていきます。そうすると家に求めるものは自ずと変化しますよね。家で仕事をするようになったり、夫婦それぞれが個室を求めるようになったり、お子さんが成長して家を出て行ったり……。そういった変化に柔軟に合わせられる家、“可変性のある”家が求められる時代になっています」(橘さん)
そういった意味でも、リフォームやリノベーションを前提とした家づくりをするというのは、理にかなっているように思う。
そして橘さんはこう続けた。
「そもそも持ち家にこだわることなく、ライフステージに合わせて住まいを柔軟に選べるのが理想の社会だと思っています。その時々で、家族にとって最善の暮らし方、住まい方を選択するという生き方ができたら、と」
「家づくりのお手伝いをしている私たちが、こんなことを言うのもおかしいのですが(笑)」と言う橘さん夫婦は、築90年の古民家をリノベーションした事務所で仕事をしている。これからの家づくりで私たちが次世代に残すものは、空き家や環境汚染ではなく、高い性能や技術と、住まい方の柔軟な選択肢であることを願いたい。
【参考】
*1:建築物省エネ法について(国土交通省)
*2:2020年度温室効果ガス排出量概要(国立環境研究所)
*3:住宅投資等の国際比較(国土交通省)
*4:中古住宅・リフォーム市場の活性化に向けた取組み(国土交通省)
*5:世界の空き家率 国別ランキング・推移(GLOBAL NOTE)
*6:リノベーションでCO2排出量を76%、廃棄物排出量を96%削減(リノベる株式会社)
取材協力:株式会社フラグシップ
一級建築士の資格を持つ夫婦が営む、富山県の工務店。「気持ちよく、永く使えること。意味のある素材を選ぶこと」を大切に設計・施工をするほか、セルフビルドやセルフリノベーションのサポートも行っている。
https://flagship-style.jp/
一級建築士の資格を持つ夫婦が営む、富山県の工務店。「気持ちよく、永く使えること。意味のある素材を選ぶこと」を大切に設計・施工をするほか、セルフビルドやセルフリノベーションのサポートも行っている。
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この記事の執筆者:岩﨑 未来
編集者・ライター。地方移住&大工の夫と自宅をリノベーションした経験から、ソーシャルメディアや住宅関係の執筆を多数手掛ける。3児の母。
https://brightwrite.biz/
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