性別や年齢の垣根を超えた価値観、ライフスタイルがようやく認識されつつある昨今。家族の在り方やライフスタイルも千差万別であり、一定の型にはめることはできないはずだ。
しかし、家づくりや住宅業界にはさまざまなバイアスが潜んでいることに、皆さんはお気付きだろうか。
いまだに残る「家を持って一人前」の感覚
「結婚したら、子どもが生まれたら、家を持つのが当たり前。家を持って一人前だという認識が、特に地方では根強く残っていると思います」と話すのは、富山県にある一級建築士事務所・フラグシップの橘さんだ。
「小さなお子さんを持つママさんたちの間では、家をどうするか、いつ建てるか、どこで建てるかが会話の大きなテーマにもなっているようです。家づくりは、人生のどこかの時点で必ず発生するイベントのような感覚なのかもしれません」(橘さん)
暮らし方も家族の在り方や価値観も多様化しているはずなのに、いまだに多くの家族にとって「家を持つ」ことは理想であり、そして現実でもあるのだ。
「『35年ローン』というのが頭にあるせいか、本当に家が必要なのか、幸せなのかを考える前に、いつまでに家を建てなきゃと逆算する癖があるように感じます」(橘さん)
「キッチンのことは女性に決めてもらう」という暗黙の了解
バイアスは顧客側だけではなく、メーカー側にも存在する。キッチン設備やインテリアの仕様の話は女性に、性能やローンの話は男性に、となんとなく話す相手を分けてしまっていることが多いそうだ。「キッチンは妻に任せるというご主人もいらっしゃいますが、今は夫婦のどちらも料理をするというご家庭も増えています。性能のことをじっくり聞きたい女性もいるでしょうし、ローンも夫婦で借りるケースが多くなっていますので、どちらかを疎外するような話の進め方はしないように気をつけています」と、橘さん。
「奥さま」「ご主人さま」という呼び方ではなく、「○○さん」と下の名前で呼ぶようにする。また、邸名もご主人の名前だけでなく連名にする、もしくはどのように書くか事前に聞くようにするなど、細かい部分だが配慮している、と続けた。
「女性目線の〜」「パパも嬉しい〜」住宅の広告に潜む家族へのバイアス
住宅業界では、「女性目線の〜」「ママが喜ぶ〜」「パパも嬉しい〜」「子どものための〜」といったコピーを見ることが非常に多いと思う。家族の人数は「夫婦+子ども2人」が標準とされ、仲良くリビングにいるのが当たり前。これらはイメージを具体化させる上では確かに役立っているかもしれないが、逆に対象を限定してしまっていることにもなる。
家での過ごし方やライフスタイルはさまざまだと言いながらも、家族の在り方や役割を断定しているようなコピーや広告画像はあまりにも多いのが現状だ。
「もちろん家づくりは、小さなお子さまがいるご家庭がメインのお客さまであることは確かなのですが、シングルマザー・シングルファザーの方やお子さまがいらっしゃらないご夫婦、結婚していないカップル、独身の方も多くなっています。家族の在り方やライフスタイルの多様化に沿った家づくりをするのであれば、そのような住宅業界の見せ方も少し変えていくべき時なのかなと感じます」(橘さん)
ファミリークローゼットは本当に有効? SNSから生まれるバイアス
「SNSで今流行りの間取りや収納方法、インテリアなどを見て、うちもこうしたい!とご相談いただくことが多くなりました。イメージを具体的に伝えてくれるという点では役に立つ面もあるのですが、単純に“おしゃれだから”“便利そうだから”という理由で選ばれているケースも少なくありません」と橘さんは言う。
例えば、SNS上で流行し近年多く取り入れられるようになった「ファミリークローゼット」。家族全員分の衣類が1カ所に収納できるので、洗濯後の片づけや管理、衣替えが楽になる!というものだ。
確かに都市部の住宅で各部屋に収納が取れない場合などは有効かもしれないが、そもそも洗濯後の片づけや管理や衣替えを1カ所にしないと大変なのは、なぜだろうか? 誰が大変なのか?
おそらくここでイメージされるのは、仕事と家事と育児の時間に追われる“共働き世帯の母親”だろう。とある家で便利だと称されたそのクローゼットが、必ずしもどの家でも有効だとは限らないし、それはそもそも本当に誰かの家事負担を減らす根本的な解決になっているのだろうか。
逆に家族みんなで分担できることを、誰か一人に押し付ける要因になってはいないだろうか。
「SNSは自分のイメージを具体化するための良いツールだとは思います。でも、そこから新しい固定概念が生まれている、ということも否めないと思います」(橘さん)
リビングは家族団らんの場所なのか? コロナ禍に育った個々の時間
インターネットの普及や共働き世帯の増加、子どもの塾や習い事通いなどにより、家族の家での過ごし方はこれまでも常に変化してきた。そしてさらに大きく変えたのは、2020年から3年ほど続いたコロナ禍でのステイホーム時代だ。リモートワークやリモート学習が普及し、スマホやタブレットなどで動画や映画を自在に楽しむようになった私たち。家での過ごし方が、より多様化した期間だった。
「たとえば、リビングのソファに家族全員で座ってテレビを見る家庭って、今どのくらいあるんでしょうか。テレビは見ないというご家庭も増えていますし、家族それぞれが各々のデバイスを持って、好きなこと・必要な時間を過ごす時代です。それは家族の在り方として違う!と決めつけるのではなく、 個々が自分の時間を過ごし尊重されながらも、一つの空間・一つ屋根の下で暮らせるのが、これからの家の姿なのかもしれません」(橘さん)
家での過ごし方や家族の在り方が大きく変化している今、これまでの家づくりの常識との間にゆがみが生まれるのは当然のこと。これから少しずつそのゆがみに気付き、新たなスタイルが生まれていくのかもしれない。
華やかなモデルハウスを夢見る前に、家族の指針をよく話し合ってみて
家を持つことのバイアス、性別や年齢へのバイアス、SNSや広告から生まれるバイアスを吸収して家づくりの相談に来る人々。「そういうお客さまは、どうして家を持ちたいのかという根本的な質問に対し、明確に答えられない方が多いです。『もうこんな歳だし、そういうもんでしょ』とか『子どもが2人になったからそろそろ……』とか。家を持ってどんな暮らしをしたいのか、20~30年後はどうなっていたいのかなど、理想の暮らしや未来が描けていない。家を持つこと自体が目的になってしまっている方が多いんです」と、橘さん。
家は、そこに住む家族みんなが快適で心地良く暮らすための場所であり、家族が「こんな暮らしをしたい」「こんな人生を歩みたい」という理想を叶えるための一つの手段でしかない。家を建てることはゴールではないが、とても大きく大切な手段であることは間違いなく、だからこそ「家族でたくさん会話をしてほしい」「どんな暮らしや人生を送りたいか、よく話し合ってほしい」と橘さんは言う。
「家づくりの打合せで、『妻がそんなことを思っていたのを初めて知りました』『夫がそんなこと考えていたなんて知りませんでした』ということはよくあります。家族間の会話が多いお客さまほど、楽しく家づくりできていると思います」(橘さん)
「家族がいるなら家を持たなきゃ!」と決める前に、華やかなモデルハウスやSNSを参考にする前に、ぜひ一度立ち止まって考えてみてほしい。あなたがこの先望む家族の姿や暮らし方、そして自分自身の人生を。そしてそれを、家族みんなで話し合ってみてほしい。そこで生まれた答えはきっと何にも代え難い真実であり、家族の指針になるはずだ。
取材協力:株式会社フラグシップ
一級建築士の資格を持つ夫婦が営む、富山県の工務店。「気持ちよく、永く使えること。意味のある素材を選ぶこと」を大切に設計・施工をするほか、セルフビルドやセルフリノベーションのサポートも行っている。
https://flagship-style.jp/
一級建築士の資格を持つ夫婦が営む、富山県の工務店。「気持ちよく、永く使えること。意味のある素材を選ぶこと」を大切に設計・施工をするほか、セルフビルドやセルフリノベーションのサポートも行っている。
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この記事の執筆者:岩﨑 未来
編集者・ライター。地方移住&大工の夫と自宅をリノベーションした経験から、ソーシャルメディアや住宅関係の執筆を多数手掛ける。3児の母。
https://brightwrite.biz/
編集者・ライター。地方移住&大工の夫と自宅をリノベーションした経験から、ソーシャルメディアや住宅関係の執筆を多数手掛ける。3児の母。
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