ヒナタカの雑食系映画論 第29回

『君たちはどう生きるか』の“出し惜しみ”は吉と出るか。観客の飢餓感の理由&今後の興収などを分析

宮崎駿監督(崎はたつさき)の最新作『君たちはどう生きるか』は公開から10日間で36億円を超える興行収入を記録し、100億円突破も射程圏内。公開日当日のTwitterの“仕掛け”で「実はトリッキーな宣伝をしていた」ことを踏まえつつ、今後の盛り上がりを推測してみます。

ライバル作品が多い中で、息の長い興行は続く?

冒頭に挙げた通り、『君たちはどう生きるか』の公開初週と2週目の興行収入を比較すると、今後の展開が心配にもなるというのも事実です。

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』の公開の影響が大きいのはもちろんですが、公開から10日間での宣伝は、前述したTwitterのモールス信号の件と、『もののけ姫』の地上波放送くらいでした。公開後すぐは多数の宮崎駿のファンが詰め掛けたとしても、やはり宣伝なしの宣伝だからこそ、2週目でやや訴求力を失ってしまったのではないか、とも思えるのです。

さらに、7月28日からは『キングダム 運命の炎』というさらなる強力なライバルが公開されますし、8月4日からは映画『トランスフォーマー/ビースト覚醒』『マイ・エレメント』『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 ~とべとべ手巻き寿司~』と、ファミリー向けの大作映画がなんと3本も公開になります。

それらの話題作を前にして、果たして『君たちはどう生きるか』は息の長い興行を続けられるでしょうか……? 公開から10日間で興行収入は36億円を超えており、夏休み期間中のため平日の動員も大いに見込めるので、もちろん100億円突破も射程圏内です。しかし、今後宣伝の仕掛けが枯渇してしまうと、大きく興行成績が落ち込み続ける可能性があると思います。
 

『君たちはどう生きるか』以外のアニメ作品はどう売ればいいのか

『君たちはどう生きるか』は、オープニング記録で圧倒的な宮崎駿のブランド力を証明したのも事実ですし、筆者個人も「事前情報がまったくないまま、宮崎駿監督の最新作を見る」ワクワク感を存分に楽しむことができました

そのうえで、ほかの映画作品が工夫に工夫を重ねた宣伝手法を取っているからこそ、若干の悔しさを感じてしまうのも、また事実。前述してきたTwitterの仕掛けの盛り上がりも、鈴木敏夫プロデューサーの思惑通り、完全に“世間が乗っかった”ということでもあるのですから。

一方で、宣伝なしの宣伝ではなくもっと大々的なプロモーションをしていれば、『君たちはどう生きるか』はさらなる大ヒットになったという見方ももちろんあります。

また、宮崎駿や新海誠監督の新作や、劇場版『名探偵コナン』シリーズや『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』、少年ジャンプ連載の超人気漫画のアニメ映画化作品が超大ヒットすることは喜ばしいけれど、その分オリジナルの企画のアニメ映画をどうやって売っていけばいいのだろう……とも考えてしまいます。

とはいえ、その『君たちはどう生きるか』本編は明らかにアニメまたは創作物に対してのメタフィクション的な言及があり、宮崎駿が新しい世代のアニメ映画の作り手にもエールを送っている内容でもあると、個人的には解釈しています。

だからこそ、9月15日公開予定の岡田麿里監督作『アリスとテレスのまぼろし工場』や、秋公開予定の山田尚子監督作『きみの色』など、高い評価を得てきたアニメ映画監督によるオリジナル企画の作品にも、大きな期待を寄せています。


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この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「日刊サイゾー」「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の魅力だけでなく、映画興行全体の傾向や宣伝手法の分析など、多角的な視点から映画について考察する。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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