「ハイスペック塩顔イケメン」「二の腕の筋肉がいい」
捕まったばかりの犯罪者と大人気スターは、同じくらいの頻度でテレビ画面に登場する。それは、人々の「見たい」という原始的な欲望が、犯罪者にもスターにも同程度に向けられることを意味する。これまでの「血も凍る連続殺人事件の容疑者」や「想像を絶するテロの首謀者」は、みなスター同然にテレビ画面を占有し、その映る姿は見る者に吐き気から欲情までさまざまな感情を呼び起こした。テレビとは、正にも負にも欲望の装置だからだ。
同じ人間を見て、嫌悪感を持つ人もいれば、好意を抱く人もいる。洋の東西も男女も問わず「自分だけがあなたを理解できる」と獄中の犯罪者にファンレターを出して、書類上の婚姻関係を結ぶ人たちがいる。そんな、これまでとただ同じことが山上容疑者にも起こっている。
彼の映像を見て、好意を持つ女性ファン——「山上ガールズ」と呼ぶらしい——がネット上に出現。手製銃を撃つチャンスをうかがう眼鏡とマスク姿の山上容疑者、襲撃現場で取り押さえられ無抵抗の山上容疑者、送検のため奈良西警察署から事件後初の姿を表した山上容疑者の映像など、数少ない材料を見て「切長の目がいい」「塩顔イケメン」「二の腕の筋肉がいい」と沸く。
進学校の秀才であったこと、応援団に所属していたこと、海上自衛隊に短期間所属していたことなど、山上容疑者の経歴を見て「ハイスペック」と表現する。両親の愛情に恵まれなかった不遇な生い立ちなどは、かえって「かわいそう」と恋愛感情を刺激する要素となる。山上容疑者のツイートの魚拓(閲覧者による記録)や、彼が安倍元首相襲撃前に国内のフリーライターに宛てて投函したという手紙の文章を読んで、「すごい文章力。やっぱり頭いいし、すごく真面目に悩んでいたのが伝わる」との感想がネットに書き込まれる。
そんなネット上のつぶやきにも、判で押したように「彼のしたことは許されないけれど」「だからと言って人を殺めていいということではないけれど」とのフレーズが免罪符のようにおかれる。いま世論で優勢なのは「彼のやったことには賛成しないけれど、山上容疑者にはそれだけの理由があった」という、「弱者の時代」ならではの同情的な理解だ。法の正義に照らせば「正しくはない」。だが、この9月に国葬を待つ故・安倍晋三元首相の周辺にとっては、この大きな潮流は決してうれしいニュースではないだろう。
河崎 環プロフィール
コラムニスト。1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど幅広い分野で多くの記事やコラムを連載・執筆。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌など多数寄稿。2019年より立教大学社会学部兼任講師。著書に『女子の生き様は顔に出る』『オタク中年女子のすすめ~#40女よ大志を抱け』(いずれもプレジデント社)。
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