シン・ゴジラをも取り込んだ集大成としてのシン・エヴァ
マイナス宇宙で量子テレポートをくり返しながら、ゲンドウは「アディショナルインパクト」をするために、運命が書き換えられる場所とされる「ゴルゴダオブジェクト」へ向かいます。
ちなみに「マイナス宇宙」や「ゴルゴダ」は、庵野監督の敬愛するウルトラマンシリーズにも出てきた概念やフレーズ。ゲンドウがテレポートをくり返していたのは、初代ウルトラマン最終回「さらばウルトラマン」に登場した最強の敵・宇宙恐竜ゼットンのオマージュかもしれません。
シンジはマリと別れ、初号機に残る「破」の綾波レイの魂を頼りにテレポート。ゲンドウに追いつきます。虚構と現実が交錯する「ゴルゴダオブジェクト」の心象世界で、初号機のシンジと第13号機のゲンドウは戦うことになります。
TV版のラストでは、シンジの心象世界を「映像の制作現場」のように表現していました。
台本に書き込まれたト書きのアップ、街のジオラマを俯瞰で見るようなカット、台本を手に持つシンジ。そして、本読みのように一言ずつセリフをつないでいく登場人物たち。
実際のアニメ制作が間に合わないことも逆手にとったいわばメタ的な演出手法でしたが、それが世界における自分の役割や存在理由に悩むシンジの心象風景と見事に符合。歴史に残るラストとなりました。
「ゴルゴダオブジェクト」の心象世界に、25年ぶりにこの手法が採用されました。今回は同じ「映像の制作現場」でも、箱馬や書き割りなどの大道具、ドラマ撮影用のセットが組まれたスタジオ、そして俯瞰ではなく実際にエヴァが入り込んで戦う巨大なジオラマ。
まるで2016年公開の「シン・ゴジラ」や2021年公開予定の「シン・ウルトラマン」を思わせるスケールへと昇華されていました。
シン・エヴァはエヴァとしてだけでなく庵野監督自身の集大成として、作り手である監督自身の記憶すらも混じり合っているということかもしれません。
タイトルの「+1.0」が示すアディショナルインパクトの重要性
心象世界で語られたゲンドウの目的は、心の壁であるATフィールドの存在しない、妻・ユイと再び会える安らぎの世界の実現でした。それはまさに、旧劇場版のラストでシンジが選ばなかった方の結末です。
そもそも神が用意した人類の未来は二つ。使徒との戦いに敗れて滅びるか、あるいは使徒を滅ぼしてその地位を奪う、すなわち新しい生命体へと進化する「人類補完計画」か。そのどちらかしかないとゲンドウは語ります。
今回のシン・エヴァでいう「人類補完計画」は、海を浄化する「セカンドインパクト」、大地を浄化する「サードインパクト」、魂を浄化する最終段階「フォースインパクト」に分かれています。そしてゲンドウの真の目的は、それに付随する「アディショナルインパクト」を起こすこと。
新劇場版の前3作は、序が「1.0」、破が「2.0」、Qが「3.0」とナンバリングされてきましたが、シンエヴァは4.0ではなく「3.0+1.0」になっています。この「+1.0」は、アディショナルインパクトも指しているのではないでしょうか。
では、アディショナルインパクトとは何なのか? ゲンドウは「自分と世界の認識を書き換えるもの」だと語り、マリは「フィジカルとメンタルの両方補完するつもりか」と反応していました。
おそらく、物質的にも新しい生命体になる「フォースインパクト」がフィジカルの補完。自分と世界の認識を書き換える「アディショナルインパクト」がメンタルの補完でしょう。このふたつを合わせて「アナザーインパクト」とも呼ばれていました。
この対比は、心象世界だけで描写されたTV版のラストがメンタルの補完、物質的にもひとつになろうとした旧劇場のラストがフィジカルの補完とも考えられます。
まさにシン・エヴァは、TV版と旧劇場版、過去2つのラストの両方を補完した「アナザーインパクト」、別の結末であるということも示唆しています。
ちなみに「第13号機と2本の槍を使って、自分と世界の認識を書き換える」というのは「Q」でシンジのためにカヲル君が世界を元に戻そうとしていたのと似ています。あのときカヲル君は、アディショナルインパクトをやろうとしていたのではないでしょうか。
人の願いを叶えるために人が造った「第3の槍」
ゲンドウを止めようとするシンジですが、希望の槍カシウスを持つシンジと、絶望の槍ロンギヌスを持つゲンドウはお互いに対をなす存在であり、戦っても決着がつきません。
その時、シンジの手元に第3の槍が届きます。それはヴィレクルーたちが、神殺しの力があるといわれる戦艦ヴンダーをもとに、人の手で造ったガイウスの槍、別名「ヴィレの槍」でした。
そもそもヴィレとはドイツ語で「意志」という意味。神が人類に与えた希望の槍でも絶望の槍でもない、人類が自らの意思で生み出した槍といえます。
そして、この槍をシンジに届けるためにミサトさんはヴンダーごと特攻。命を落としてしまいます。最後に見ていた写真に、息子・加持リョウジとシンジの二人が映っていたのが泣けましたね……。ミサトさんがシンジのことも息子のように思っていたことがわかります。
ユイの「死と想い」を受け止められなかった自分とは違い、ミサトさんの「死と想い」を受け止めたシンジに、ユイの面影を見たゲンドウ。
負けを認めて、心象世界の電車から降りて行きます。これはアディショナルインパクトの核となることから降りた、ということでしょう。
降りる前に、父からもらった「S-DAT」を返すシンジ。ゲンドウは自身の回想で、昔から人と接するのが苦手だったと語っていました。「Q」までのシンジと同じです。
そんなゲンドウの心を癒してくれたのは、ピアノだった。だから息子にも「S-DAT」を与えた。
シンジは「Q」のラストで落とすまで「S-DAT」をずっと持ち歩いていました。父と同じように癒されてきたが、その反面、嫌なことから耳を塞いで、人と接することから逃げて閉じこもる装置にもなってきた「S-DAT」。今のシンジにはもう必要のないものだということかもしれません。
リアリティの中で「Qの絶望」から立ち直ったシンジ
心象世界の電車に残るシンジの前に、カヲル君が現れます。シンジにとってカヲル君は、ゲンドウと対をなす存在。どこまでも突き放すゲンドウが厳しい父親だとしたら、どこまでも幸せにしてあげようとするカヲル君は優しい父親のような存在です。
シンジはどうしたいかと聞いてくるカヲル君。「Q」の再現ですね。9年越しにアディショナルやっちゃおうか?みたいな。しかし、シンジは断ります。
僕はいいよ。みんなを救いたい。それに対してカヲル君は「君はリアリティの中ですでに立ち直っていたんだね」と答えます。
これは痺れましたね……! シンジが第3村での生活を通して「Qの絶望」から立ち直ったということを指していると思いますが、観客に対しても言っているかのようでした。
そうだよカヲル君。僕たちは現実の中で立ち直ってきたんだよ。だって9年だよ? Qから9年。9年は長いよカヲル君……!
TV版のラストは冒頭で「碇シンジの場合」と語られ、シンジ自身の心の補完であるとされていました。あれから25年。みんなを救うことにしたシンジの決断により、ここから他のチルドレンたちの心の補完がはじまります。