嫌味や上から目線を向けられると、つい腹を立てたり、傷ついた表情を見せたりしてしまうもの。しかし、その反応こそが、相手の望んでいる“ご褒美”かもしれません。
脳科学者・中野信子さんによると、マウントは相手が「屈辱に顔を歪める姿」を見て、初めて完結するもの。反応した瞬間、「つけ込む隙」と「ドーパミン(快感)」を与え、相手をさらに勢いづかせてしまうといいます。
では、悪意を向けられたとき、相手の思惑に乗らず、攻撃を無力化するにはどうすればよいのでしょうか。中野さんの著書『ロンドン紳士と脳科学に学ぶ 品格のあるマウントのとり方』(日経BP)から一部抜粋し、相手の醜さを映す「鏡」と、攻撃する気を失わせる「鈍感力」の使い方を紹介します。
※本記事で紹介している商品の購入やサービスの利用により、売上の一部がオールアバウトに還元されることがあります。
「鏡」となり、相手自身の醜さに気付かせる
「鏡」の沈黙の強さを知りましょう。相手の粗野な衝動を、静かなる慈悲で迎え撃つのです。
マウンティングという行為の正体は、己の欠乏を埋めるために他者の尊厳を糧とする、極めて不格好な「飢え」の露呈です。ロンドン紳士がそのような非礼に直面した際、彼らは剣を抜く代わりに、一枚の「鏡」を差し出すでしょう。
それは相手を攻撃するためではなく、ただ「貴方は今、このような姿で世界と対峙していますよ」という事実を、無慈悲なまでの礼節をもって突きつけるためです。
そもそも「マウンティング」という言葉の原義を、私たちは再確認すべきです。それは霊長類が交尾の姿勢を模して優劣を示す、極めてプリミティブなポーズです。
もし誰かが貴方にマウントを仕掛けてきたなら、心の中でこうつぶやいてさしあげなさい。
「驚きました。ここは文明化された社交場だと思っておりましたが……。どうやら私は、本能の命ずるままに性的な誇示を繰り返す、情熱的なお猿さんの檻に迷い込んでしまったようですね」
相手が「猿山のルール」で挑んできたら?
私たちは、記号や言葉の裏側でうごめく「サピエンスの業」を飼い慣らす知性を持っているはずです。
相手が猿山のルールで挑んでくるなら、貴方はただ「人間」であることをやめなければいい。それだけで、相手の仕掛けたマウンティングは、接続先を失って虚空を彷徨うことになります。
マウントをとる人間が最も恐れているのは、自分の「格」が下がることです。ならば、その心理を逆手にとり、相手が自らの品性を恥じるまで、徹底的に「驚き」をもって遇するのが正解です。
相手が悪意を剝き出しにしてきたら、怒るのではなく、ただ不思議なものを見るような目でこう問いかけなさい。
「まあ……貴方、大丈夫ですか? 今、ご自身がどのような表情で、どのような音を立てていらっしゃるか、自覚がおありですか?」
「そんなに悪意を剝き出しにしてしまって……。貴方を育んだ環境では、それが『洗練』だと教えられたのでしょうか。実に独創的な教育ですね」
相手が恥ずかしさで身動きがとれなくなるまで、こちらの「正気」を呈示し続ける。それは反撃ではなく、迷える霊長類への「教育」という名の慈愛なのです。



