頼まれると断れず、雑用まで引き受ける。波風を立てたくなくて、自分に非がなくても謝る。そんな「いい人」でいることが、相手に軽く扱われる隙を与えているかもしれません。
脳科学者・中野信子さんによると、過酷な社会において、単なる「いい人」は搾取されるために用意された“生贄(いけにえ)”になりかねないといいます。人に優しくするだけでなく、ときには自分の尊厳を守るための「毒」も必要なのです。
ではなぜ、善意や謝罪が、相手につけ込む隙を与えてしまうのでしょうか。中野さんの著書『ロンドン紳士と脳科学に学ぶ 品格のあるマウントのとり方』(日経BP)から一部抜粋し、「いい人」が無礼な相手に搾取されず、自分を守るための振る舞い方を紹介します。
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「いい人」は搾取されるための“生贄”
世間はあなたに「いい人」であることを推奨してくると思いますが、残念ながらこの過酷な野生のホモ・サピエンスランドにおいて、単なる「いい人」は搾取されるために用意された生贄(いけにえ)に過ぎません。
成功するギバー(与える人)とは、その裡に温かな慈愛と、鋭利な「毒」を同時に忍ばせている者だけなのです。
格下扱いされたとき、ロンドン紳士はどう返す?
たとえば、心無い誰かに格下と見なされてお茶を淹れることを要求されたとしましょう。そこで憤ったり、ましてや何の考えもなく従順に従ったりするのは三流の振る舞いです。
ロンドン紳士なら、微笑みを絶やさずこう答えるでしょう。
「おや、貴方が淹れてくださるほうがずっとおいしいでしょう? 私が貴方の得意分野を奪ってはいけませんから」
ここには「私に尽くす喜び」を相手から奪わないという優しさも込められていますが、同時に、「私に命令できるなどという、身の程知らずな勘違い」を優雅に粉砕する毒でもあります。
相手に尽くさせることで、逆に相手を「私に仕える存在」へと定義し直す。この高度な転換こそが、ロンドン紳士が愛用する知恵なのです。



