「うちはサピより進度が速い」エリート意識を刺激する塾の苦戦と早稲アカの台頭

「開成1人で生徒100人集まる」という塾業界の神話が、共働き家庭の増加でいま崩壊しつつあります。実績重視から「親の負担軽減」へとシフトする保護者心理と、変わりゆく大手塾の最新勢力図を分析します。(画像出典:Shutterstock)

「開成1人で生徒100人」の神話が終焉。中学受験・実績至上主義の崩壊はなぜ?
「開成1人で生徒100人」の神話が終焉(しゅうえん)。中学受験・実績至上主義の崩壊はなぜ?(画像出典:Shutterstock)
中学受験塾の世界では、「御三家の合格実績を出せば生徒は集まる」と言われてきました。古い書籍をひも解けば、「開成中学校の合格者を1人出せば、100人の生徒が集まる」とも記されています。

こうした"実績至上主義"の文化が、長らく業界を支配してきました。そのため、「合格実績を最優先にするためサービスは手薄でよい」という方針の塾も存在しました。

塾の最低限のサービスの1つが自習室の提供です。自宅で1人の学習に集中できるとは限らない子どもにとって、自習室は重要な環境です。しかし、その自習室を用意しない塾がいくつも存在し、しかもそれらはいずれも高い合格実績を誇る塾でした。
 
こうした「合格実績が高く、サービスが手薄な塾」のブランド力は、ここ数年で大きく揺らいでいます。まず、保護者・受験生の意識が変化しています。

「何が何でも御三家」という価値観は薄れ、子どもに合った学校選を重視する傾向が強まっています。同時に、「合格実績こそが塾の価値である」という前提そのものにも、疑問が呈されるようになりました。 

「SAPIXより難しいことをやっています」

こうした変化は、塾業界の序列にも影響を与えています。かつてはSAPIXを頂点としたブランドの序列が明確に存在していましたが、それが通用しにくくなっています。

一部の中堅塾は「SAPIXよりも進度が速い」「難易度が高い」といった差別化を打ち出してきました。実際、SAPIXの近隣に校舎を構え、「SAPIXでうまくいかなかった層」を取り込むことで経営を成り立たせてきた塾もありました。

SAPIXで偏差値が伸び悩む生徒を持つ保護者には「転塾するとしても塾のレベルは下げたくない」という気持ちがあり、「SAPIXよりレベルが高い」と宣伝する塾に引き寄せられていったからです。

「うちの子は負けたんじゃない。もっとレベルの高い塾に移ったのよ。SAPIXの子たちより上なのよ」——そう自分に言い聞かせながら。

しかし、SAPIXの在籍者数が減少すれば、こうした塾の生徒数も連動して減少していく可能性が高いでしょう。 

個別指導塾に早稲アカの生徒が増えるわけ

一方、個別指導塾はSAPIX生のフォローを担うことで経営を成り立たせてきました。

ある大手個別指導塾では「SAPIXがある街の校舎は2割がSAPIX生だった」と言います。ところが今、個別指導塾でもSAPIX生は減り、早稲田アカデミー生が増えているとのことです。

個別指導を利用するということは、早稲田アカデミーも特別に手厚いわけではないと推測できます。集団塾に通う生徒が個別指導を併用するのは、塾の宿題を1人では解けないからです。

集団塾の面倒見が十分であれば、宿題は塾内で完結するため、個別指導は必要ありません。早稲田アカデミーの生徒たちに個別が必要になるかというと、使用する「予習シリーズ」は御三家対応の内容のため、難度が高いのです。

いくら塾が自習室を開放して質問を受け付けても、それだけでは消化しきれないほどの分量と難しさに、親も家で教えきれず個別指導を頼らざるを得ない——。これが早稲アカ生急増の裏にあるリアルな構図です。

では、なぜ早稲田アカデミーは生徒を集められているのでしょうか。

まず、校舎数を増やしたことで送り迎えの負担が軽減される点が挙げられます。また、志望校別の「NNコース」によって難関校の合格実績を維持しながら、「ついていけない下位クラスの生徒」にも配慮している点も大きいでしょう。

下位クラス向けには予習シリーズとは異なるオリジナルプリントを作成しており、「中堅校を目指すことになっても最後まで見捨てない」という安心感を保護者に与えています。

かつては「自習室があるかないか」といったサービスが手厚さの指標でしたが、いま親が求めているのは、わが子がどのクラスにいても「最後まで面倒を見る」という、塾側の姿勢そのものなのです。

「コンプレックス商法」の終わり

中学受験には、コンプレックス商法という一面がありました。「タワマンに住んでSAPIXに子どもを通わせるのが夢の実現」という保護者や、「SAPIXなんて大衆的よ。グノーブルはSAPIXより進度が速くて難しい問題をやっているのよ」という保護者が一定数いたのも事実です。

ブランド塾に子どもを通わせることで自らのコンプレックスを癒やし、周囲にマウントを取る……そんな構図がありました。

しかし、共働き家庭が中学受験の主流となった今、時間的にも精神的にも余裕のない保護者にとって、ブランドによるマウントよりも、日々の暮らしに直結する利便性や「確実にわが子を底上げしてくれる実利」のほうがはるかに重要です。自宅近くにあり、下位層も切り捨てなさそうな塾を選ぶのは、ごく自然な判断です。

それでも一部の塾は今なお思っているように見えます。「子どもの受験こそが母親の唯一の自己実現だ」と。しかし、それはちょっと違ってきているように見えます。

「御三家の合格実績を出せば生徒が集まる」——長らく続いたこの塾業界の神話は、今まさに終焉(しゅうえん)を迎えようとしています。
四谷 代々
この記事の執筆者: 四谷 代々
Lineで送る Facebookでシェア
はてなブックマークに追加

編集部が選ぶおすすめ記事

注目の連載

  • ヒナタカの雑食系映画論

    映画『氷血』で北山宏光が「怖すぎる」理由。サイコパス性が光る物語の魅力3つ

  • どうする学校?どうなの保護者?

    「不登校はペナルティー?」給食費無償化の盲点、“食べられない子”への支援から外れる自治体も

  • 恵比寿始発「鉄道雑学ニュース」

    南海電鉄の新・観光列車「GRAN 天空」は“高野線の救世主”となれるか。100年ぶりサービス復活の勝算

  • 海外から眺めてみたら! 不思議大国ジャパン

    「移民」に冷たいのはどっちなのか? スイスの厳格過ぎる学歴選別と、日本の曖昧過ぎる外国人政策