秋篠宮さまは皇位継承順位第1位でありながら、「皇太子」ではなく「皇嗣」という立場にあります。しかし、この皇嗣という地位は歴史的にも前例が少なく、その役割や位置付けは決して分かりやすいものではありません。
なぜ秋篠宮さまは「特殊な立場」に置かれているのでしょうか。
本記事は『日本人にとって皇室とは何か』(島田裕巳・著/プレジデント社)より一部を抜粋・編集し、秋篠宮さまの立場と皇室制度の特徴について解説します。
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皇嗣といういかにも曖昧(あいまい)な立場
秋篠宮は、皇位継承資格者の筆頭に位置づけられている。しかし、通常のように「皇太子」の位に就いたわけではなく、「皇嗣」とされている。
皇嗣とは、天皇の世嗣(せいし)で、皇位継承資格の第1位にある者のことだが、皇室典範では、「皇嗣たる皇子を皇太子という」と規定されている。
皇子は天皇の子のことであり、秋篠宮は現天皇の弟であるため、皇子ではない。そこで、皇嗣と呼ばれているわけである。
ただ、皇嗣という立場は、いかにも曖昧である。歴史を遡っても、皇嗣と呼ばれた親王はいない。それは、明治より前には皇室典範が存在せず、皇子だけを皇太子とする規定がなかったからである。天皇の弟でも、いくらでも皇太子になれたのだ。
家督相続の時代なら理解された“次男”の宿命
戦前であれば、このように曖昧な地位にある秋篠宮の悲哀を理解できる人間はかなりの数にのぼったはずだ。というのは、戦前には「家督相続」の制度があったからだ。
天皇家のように、代々家を継いでいかなければならない農家や商家がいくらでもあった。そうした家に生まれた男子のうち、将来において家を継げるのは一人だけで、次男や三男以下は、それができなかった。
農家で考えてみるならば、そこにある田畑を複数の子どもたちで相続したら、家が成り立たなくなってしまう。商家ならなおさらだ。
そうなると、次男以下は他家に養子に出るか、家を出て他に働き口を見出すしかなかった。
家に残れば、使用人同様の境遇におかれたからである。
皇位継承の可能性がほぼない立場
現在と早良親王の事件が起こった奈良時代末期とでは、天皇家をめぐる状況はまるで違う。
秋篠宮が自ら天皇になろうとして、謀反を企てるようなことはあり得ないし、そもそもその手立ては存在しない。
だが考えてみれば、天皇の子として生まれていながら、皇位を継承する可能性がほとんどない親王という存在は、どのように生きていけばよいのか、人生の方針を立てることが相当に難しいのではないかと考えられる。
秋篠宮は、皇位継承順位は第1位であるけれども、必ず天皇に即位できるわけではない。なにしろ、兄である現在の天皇との年齢差はわずか五歳である。



