特に、仕事ができて周囲の期待に応え続けてきた“優秀な人”ほど、連休明けにどうしてもエンジンがかからず、深い落ち込みに襲われてしまうことも少なくありません。
今回お話を伺ったのは、『最強の俯瞰思考』(KADOKAWA)の著者で、オーセンティック・リビング代表の亀井弘喜さん。亀井さんは、独立後、心理カウンセラーとして数多くのセミナーや講演会を実施し15年間にわたって延べ1万人以上の人生やキャリア相談に乗ってきました。
亀井さん自身、外資系コンサルの第一線で活躍していた26歳のときにうつ病を発症し、1年間の闘病を経験した当事者でもあります。自らの実体験に加え、多くのカウンセリング実績から見えてきた「優秀だったのにつぶれてしまう人の共通点」を聞きました。
【質問】
優秀だったのにつぶれてしまう人には、どんな共通点があるのでしょうか。【回答】
成果や能力ではなく、「自分の存在そのもの」を認められているかどうかです。なぜ、能力が高いはずの人が「存在」という壁にぶつかってしまうのか。亀井さんに詳しく解説してもらいます。
「成果」で自分を認める人の危うさ
自己肯定感には、「成果や能力に対する自己肯定感」と、「自分の存在そのものに対する自己肯定感」の2種類があります。優秀な人は、成果も能力もあり評価されるため、「成果や能力に対する自己肯定感」が非常に高くなります。しかし、自分の存在そのものに価値があると思えるかという、「存在としての自己肯定感」は低いことが多いのです。
つまり、条件付きでしか自分を認められていない状態なので、成果が出せなくなった瞬間に、自分の存在価値そのものが揺らぐため、うつ病などになりつぶれてしまうのです。
さらに、成果主義の強い組織や環境に身を置くことで、この感覚は強化されます。
成果主義の傾向が最も強い場所と言っても過言ではなかった外資系コンサルという場所で、私自身もメンタルを崩し、気付いたらうつ病と診断されていました。そこからの闘病生活は本当に苦しいものでした。
「成果を出せば認められる」という呪縛
この自己肯定感の構造は、幼少期からの経験によって作られます。テストでいい点を取れば褒められ、受験で結果を出せば認められる、そうした経験を通じて、「成果を出せば価値があると感じられる」という感覚が自然と身に付いていきます。
私自身も、いい高校・大学に進み、出世することがよいとされる価値観のもとで人生を重ねてきました。
その価値観が強烈に印象付けられたのが、父と兄の関係でした。私が小学校の頃に、兄がいわゆる「不良」という存在になり、そんな兄の存在を認めようとしなかった父親を見て、自分は優秀に生きなければいけないという意識を強く持ったのです。
今となっては兄と父は仲よくしていますが、当時のこの経験が自分自身の「優秀なエリートコースのレールから外れてはいけない」という私の生き方に大きく影響を与えていたように思います。



