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廃墟の奥にあった、自然の息吹と「自給自足の暮らし」
史上最悪の原子力発電所事故により放射能で汚染され人が住めなくなった街……それまでチョルノービリは遠い国で起きた過去の出来事でしかなく、そこに残るゴーストタウンも、廃墟を被写体とする自分からすればいつかは行きたい憧れの場所という認識だった。失礼な言い方だが他人事だからこそ、そのように能天気に捉える事ができたのだろう。しかしそれが自らの故郷の事となると、今まで抱いていた価値観のまま写真を撮る事ができなくなってしまった。
そんな己の葛藤に思い悩んでいた時、尊敬する写真家・中筋純さんよりチョルノービリ渡航の手引きをして頂ける事になった。
中筋さんは、出版社勤務後フリー写真家となり、日本の廃墟に関する写真集やムック本を数多く上梓している大先輩だ。2007年にチョルノービリの撮影を開始され、2011年4月新宿のニコンギャラリーで『黙示録チェルノブイリ 再生の春』を開催している時にお会いしたご縁で今に至る。
悩み続けるくらいなら実際に自分の目で見て五感で感じたほうが早い。チョルノービリは廃墟化した光景が広がるだけではなく、伸びやかに生き続ける動物たちの姿や手付かずになった自然があり、そして自主的にチョルノービリへ戻ってきた人々・サマショールの存在があった。
立入禁止の地で余生を送るお婆ちゃんの手料理と温もり
2022年2月ロシア軍による軍事侵攻が始まりチョルノービリ原発を占拠した時はどうなるかと思ったが、いまだに住み続けるサマショールもいる事をウクライナ人ストーカー(立入禁止区域に無断で侵入する人々)のSNSより確認した。プリピャチを撮影した翌日、サマショールの一人に会いに行った。マトリョーシカのような可愛いお婆ちゃんが振る舞ってくれた鶏つくねは新鮮で、家の周りで採れたキノコも野生的な美味しさだった。
日本にはない空気感や建築デザイン、人の在り方や目に飛び込むものの全て。他の国々のそれらもこの目で見たい、その好奇心が旧ソ連構成国全てを駆け巡る旅に掻き立てようとは、流石にこの時は思っていなかった。
福島県出身。写真家・グラフィックデザイナー。軍艦島をきっかけに、廃墟を被写体として撮影を始める。旧共産圏や未承認国家に強く惹かれ、近年縦横無尽に巡っている。「APAアワード2024」金丸重嶺賞、「名取洋之助写真賞」奨励賞を受賞。著書に『旧ソビエト連邦を歩く』(辰巳出版)などがある。



