松下政経塾生だった彼女はある日、テレビで見たアメリカの女性議員に憧れ、「あなたのそばで働きたい」と手紙を書く。すると、まさかの「待っているわ」という返信が届いたのだ。
このチャンスを逃すまいと、彼女は周囲が止める間もなく即座に渡米を決意する。父から借りた10万円をポケットにねじ込み、泣きすがる恋人を成田に残して……。
誰からも「無理だ」と突き放された米連邦議会のポストを、彼女はいかにして手繰り寄せたのか。そして、恩師・松下幸之助が死の直前に遺した言葉とは。
人生の針路を決定づけたワシントンでの日々を、『高市早苗 愛国とロック』(飛鳥新社)より一部抜粋して紹介する。
【この記事の前編】
「ダメなら押しかける」24歳の高市早苗、コネなしで米大統領候補へ直談判。運命を変えた一通の返事
所持金10万円。寝床は「段ボール」のワシントン修行
高市の急な行動に、突然別れのときが来たボーイフレンドは成田で泣いた。松下政経塾のスタッフは激怒する。母はあきれる。しかし、高市は前を向いていた。未来へ向かう興奮を抑えられず機上の人になった。父親の大休(だいきゅう)に10万円だけ借りて、それをポケットにねじ込んだ。
バージニア州、ワシントン・ダレス国際空港からグレイハウンドでワシントンDCへ。
ところがその日はホリデイで、どの店もシャッターを降ろしていた。ワシントンDCは人口の70%以上が黒人である。そんな街を高市はキャリーバッグを転がして歩く。
どのホテルもホリデイなので満室。喉(のど)は渇く。日本のような自販機はない。お腹は減る。知り合いはいない。お金はない。夜の帳とばりが降り、寒さに震えた。半泣きで訪ねた何軒目かのホテルでやっと、1泊70ドルの部屋を見つけた。
お金も時間も無駄遣いはできない。翌朝は早くから『ワシントン・ポスト』の広告をチェックしてアパートを探し、1カ月300ドルの部屋を見つけた。バス、トイレ、小さなキッチンで約15平米。暖房付。
ベッドもふとんもないので、床に段ボールを敷いて寝た。管理人のマッコイという黒人のおばさんが憐れんで、クタクタの毛布を1枚貸してくれた。
憧れの女性議員との「固い握手」
レイバーン下院議員会館4階のパット・シュローダー・オフィスを訪ねると、国会事務所を仕切っていた50歳くらいのおじさん、政務補佐官のダンが迎えてくれた。「ああ、日本から電報を打ってきたのはキミか」
本当に来たのか、と驚いた様子だった。
パット本人もいた。
「ウェルカム!」
笑顔で近づき固く手を握ってくれた。
CNNニュースで見たあの美しい人が眼の前に立っている。興奮した高市は、どんなにパットを尊敬しているか、どんなに一所懸命パットのために働こうと思っているかを、たどたどしい英語で熱を込めて語り、手をにぎり返した。
後にわかるが、大げさな出迎えはこのパットのオフィスではいつもの習慣だったのだ。
挨拶がすむと、その日から仕事が待っていた。まずは、インターンからのスタートだった。
インターンの仕事は、早朝から手紙の仕分け。そして、電話番だ。議会内の連絡事項と一般有権者からの文句の電話に対応する。多くの場合、相手は電話代が惜しいので早口で怒っている。「パットに替われ」と言う。
根負けして直接パットにつなごうものなら、無能の烙印(らくいん)を押されてクビだ。忍耐強く相手の用件、名前を聞き、その政策を担当する補佐官のデスクにつなぐ。



