所持金10万円で単身渡米、寝床は「段ボール」。高市早苗が20代で挑んだ、あまりに過酷な武者修行

無名だった20代の高市早苗は、返事の保証もない手紙を書き、単身ワシントンへ向かった。後ろ盾もない異国の地で、ベッドもなく段ボールを敷いて寝る極貧生活。そこからいかにして米連邦議会のポストを勝ち取ったのか。(画像出典:首相官邸ホームページ)

松下幸之助の遺訓「まっすぐ王道を歩け」

帰国後、高市はさっそく松下幸之助のもとに報告に行った。松下は大阪の松下記念病院のベッドにいた。車椅子生活だったが、顔色は悪くない。

「アメリカでいい経験をしてきました。向こうは納税者意識が日本よりもずっと強い。国会議員と有権者は手紙でもキャッチボールをしていて驚きました」

そんな高市の報告に松下は熱心に耳を傾けた。

しかし、1カ月後の平成元年4月27日、松下幸之助はこの世を去る。享年94。知り合いの記者からの連絡に、高市は声を上げて泣いた。

松下政経塾入塾後、高市は松下と何度も会話を交かわしている。松下は松下政経塾に泊まりがけで訪問してくれていたので、多くのことを本人から直接吸収することができた。

「成功の要諦(ようてい)は、成功するまで続けるところにある」

この松下の言葉は高市の財産となっている。

「ほとんどの人に成功のチャンスはあります。でも、脇道に逸それたり、途中でやめてしまったりするから成功しないだけです。志をもって続ければいつか必ず成功できます。続ける大事さを学びました」

さらに胸に残っている教えがある。

「まっすぐ王道を歩け」という言葉だ。

たとえば、第1志望と第2志望があるとする。第1志望は、ほとんど見込みがなくても1番やりたいこと。第2志望は、それほど熱意はないけれどリスクが低いこと。二者択一を迫られたとき、高市は第2志望を選ばなくなった。

後に自民党の代議士に奈良県議選を勧められた。県議から国政を目指すことが頭をよぎった。

しかし、心が待ったをかけた。国政への問題意識はたくさんあったが、県政は勉強不足。県政にはその道のプロがいる。彼らの問題意識のほうが強い。高市は最初から国政にチャレンジするべきだと判断し、丁重に断った。
高市早苗 愛国とロック
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この記事の執筆者:大下 英治 プロフィール
1944年、広島県生まれ。1968年、広島大学文学部卒。『週刊文春』記者を経て、作家として政界財界から芸能、犯罪まで幅広いジャンルで活動。著書に『十三人のユダ 三越・男たちの野望と崩壊』(新潮文庫)、『実録 田中角栄と鉄の軍団』シリーズ(講談社+α文庫)、『昭和闇の支配者列伝』シリーズ(朝日文庫)など500冊以上にのぼる。近著に『ハマの帝王―横浜をつくった男 藤木幸夫』(さくら舎)、『安倍晋三・昭恵 35年の春夏秋冬』(飛鳥新社)などがある。
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