3:「人間として最低」な渡辺謙が「妖怪」へ挑む
さらに、もう1人の主人公と言えるのは、渡辺謙が演じる東明重慶。彼は将棋指しとしては超一流ですが、誰かを自分のために利用して、裏切って、ウソもついて、それぞれにまったく悪びれるそぶりもないという、はっきり「人間としては最低」のキャラクターです。
白眉となるのは、その渡辺謙が命を賭けた対局に挑むシーン。ロケ地である旅館・富津のさざ波館、浅虫温泉の実景もスクリーン映えしますし、そこで対局相手を演じるのは、こちらもすさまじい存在感と演技で見る者を圧倒する柄本明。その柄本明を渡辺謙は「まるで妖怪だな」と最大の褒め言葉で迎えたのだそうです。
柄本明という妖怪に、棋士としての戦い方で挑む渡辺謙の「凄み」にも注目してほしいです。
4:音尾琢真に「関わってくるんじゃねぇ!」になり、土屋太鳳に希望を託したくなる
そんな渡辺謙の演じる東明重慶に輪をかけて最低なのは、主人公である上条桂介の父親を演じた音尾琢真。幼少期から虐待も同然の振る舞いを見せるだけでなく、息子の生き方を縛りつけ、ことあるごとにカネをせびろうとするその姿を見て、「お前は!もう!坂口健太郎に関わってくるんじゃねぇ!」と怒鳴りたくなります(良い意味で)。そんなクズOFクズを全身全霊で体現した音尾琢真の姿も、また絶対に忘れられないものでした。 さらに、高杉真宙と佐々木蔵之介の刑事のコンビも、警察として真っ当に殺人事件の捜査をしていることは頭では分かっているのですが、「もうやめてくれ!あんなに優しくて儚い坂口健太郎のことはそっとしていてくれ!」とずっと叫びたくなってしまいます(良い意味で)。
そこで「ひと息をつける」存在として登場するのが、土屋太鳳が演じる、農園で働く奈津子という女性。実は、彼女は原作小説には登場しない、映画オリジナルキャラクターなのです。
原作では、桂介は東大卒業後に外資系企業で働き、退職後ソフトウェア会社で働く……という設定だったのに対し、働く先を農園へと大胆にも変更にしたのは「職業を土に近いものにしたかった」「農業を営む人たちの傍には向日葵畑がある」という熊澤監督の狙いがあったのだとか。 しかも、母親の幻影を塗り替えるような女性であり、誰かのために生きる幸せを選ぼうとする相手として、土屋太鳳は短い出演ながら、その誠実な佇まいで説得力を持たせていました。彼女の存在もまた、「もういいから! 坂口健太郎と土屋太鳳の幸せ夫婦のハッピーエンドで終わらせてくれよ!」と思える明確な理由でしょう。



