スクリーンで映えるアニメ描写も圧巻で、100m走に真剣に挑む姿勢と作品に込められた熱量は、まさに「世界陸上2025」が東京で開催されている今だからこそ、劇場で「体感」してほしいのです。具体的な魅力を記していきましょう。
1:極端だけど正論な「哲学」を語る物語
本作は「100m走に挑む人たち」の群像劇。その中で主人公といえるのは「トガシ」と「小宮」の2人です。彼らは小学生の時にライバルとも親友ともいえる関係になり、やがて高校生になり、さらに社会人になってからの姿も描かれます。普段は知る機会のない、100m走に人生を懸ける人々の半生を追うだけでも、一定の面白さは保証済みといえる物語ですが、真にこの作品を唯一無二としているのは「極端なようで納得もできる哲学的な思想」の数々。代表的なのは、主人公のトガシのキャラクタービジュアルにもなっている「100mを誰よりも速く走れば全部解決する」です。
さらに、「結論から言うと、不安は対処すべきではない」や「現実が何かわかってなきゃ、現実からは逃げられんねぇ」といった独特の哲学それぞれが、興味深く感じられるようになります。
また、「生まれつき足が速く、『友達』も『居場所』も手に入れてきたトガシ」と、「辛い現実を忘れるため、ただがむしゃらに走っていた転校生の小宮」は、性格も考え方もほぼ正反対(でも実は似てもいる?)。その2人がどのように人生を歩んでいくのか、どのように自身の信念を持ち続けるのか、そのドラマも見どころになっています。
つまり意図的に危うさを描いた作品でありながらも、哲学それぞれが、100m走の世界を知らない人にも「そうかもしれない」「自分も参考にできるかも」とさえ思えてきます。その情熱や呪いや狂気もない交ぜになるからこそ、この『ひゃくえむ。』は心が揺さぶれる物語に仕上がっているのです。
それこそが劇中の「100mを誰よりも速く走れば全部解決する」という言葉に表れており、作り手の発想のユニークさが、作品の面白さに直結している作品といえるでしょう。
2:「ロトスコープ」で描く圧巻の「3分40秒のワンカット」
本作で監督を務めたのが、2020年の長編1作目『音楽』で「アニメ界のアカデミー賞」と名高いアニー賞のノミネートをはじめ、国内外の多数の映画祭で高い評価を受けた岩井澤健治であることも特筆すべきでしょう。 その『音楽』は実写の動きをトレースする「ロトスコープ」という手法で作られていることが大きな特徴で、クライマックスの野外フェスシーンでは、実際にステージを組んで、ミュージシャンや観客を動員してのライブも行われていたそう。自主制作で7年の時間をかけ、4万枚以上の作画をした苦労も報われる、「アニメながら実写のような動きをしている」ことが面白い作品だったのです。今回の『ひゃくえむ。』でもロトスコープの手法を踏襲しており、それはトラックを全力で走る選手の動きのリアリズムと迫力につながっています。世界陸上2025へ出場している鵜澤飛羽をはじめ、江里口匡史、山本匠真、金丸祐三、朝原宣治などの一流の陸上アスリートの協力のもと、本物のスプリントフォームを3DCGで再現し、それをベースに作画を行っているのです。
音響の素材録りでは、スパイクにマイクを装着したり、実際にトラックに水を撒いて劇中と同じ状況にしていたほか、実写撮影時にヘアメイクやスタイリストを入れて、キャラの髪形と同じウィッグを用意していたのだとか。アニメの前に実写とほぼ同じ録音や撮影をした作品でもあるのです。
このシーンは岩井澤監督が実際に陸上の大会を観戦したとき、選手が入場してアップをしたのちに、各々が位置につくレース前の一連の動作にドラマ性を感じて、「この部分をあえて長回しで見せたら緊張感も作れて、劇場のスクリーンでも見ごたえがあり、この作品の売りになるのではないか」と思いついたのだそうです。
まさにその通りの圧巻のシーンになっていますし、それこそロトスコープという手法でしかなし得ない、息を飲むほどの、今までにないアニメの表現になっているとさえ思えました。
なお、『音楽』は岩井澤監督が自ら200カット以上を手直しした「ブラッシュアップ版」が、9月19日より新宿武蔵野館で1週間限定のリバイバル上映がされます。この機会に『ひゃくえむ。』と併せて見てもいいでしょう。



