ヒナタカの雑食系映画論 第190回

映画『ひゃくえむ。』を見る前に知りたい3つのこと。アニメの前に「実写で撮影した」理由は

100m走に全力で向き合う人々を描く映画『ひゃくえむ。』、見る前に知りたい3つのことを解説しましょう! 世界陸上2025が行われている今こそ、劇場で「体感」してほしい理由があるのです。(画像出典: (C) 魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会)

3:100m走が決着するまでの「約10秒」につながる、原作の再構成

原作漫画は全5巻(新装版では2巻)と、映画化には比較的向いているボリュームとはいえるものの、それでも106分のアニメ映画化にあたって原作からの取捨選択が行われています。
ひゃくえむ
(C) 魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会 
特に、高校生の時のエピソードやキャラクターは大胆なまでに刈り込まれており、原作を読んでいた人にとってはやや賛否を呼ぶポイントかもしれません。しかし、筆者個人は、小学生、高校生、社会人、それぞれの時代の物語をバランスよく盛り込んだ調整として納得できましたし、描かれたキャラは魅力的で、過不足なく仕上がっている印象でした。

さらに、原作の序盤の暴力を振るってしまう場面のカットや、小宮が「走るのをやめたほうがいい」というきつい言葉を告げられる場面を小学生の時から時代をずらすといった改変も、それぞれ的確といえるものでした。
ひゃくえむ
(C) 魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会 
それでいて、原作の特徴や良さを映像化するための工夫も多分に行われています。例えば、岩井澤監督は「魚豊先生の作品はセリフが印象的なため、形は変えてもできる限り上手く落とし込めるように脚本のむとうやすゆきさんと話し合いながら進めていきました」と語っています。

映画の尺にどうしても収まらない「モノローグ」も、岩井澤監督が再解釈して映像に落とし込むアプローチが取られていたのだとか。このことは原作者の魚豊にも最初の打ち合わせの際に提案し、理解を得たうえで、脚本開発が進められていたそうです。
ひゃくえむ
(C) 魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会 
また、セリフのニュアンス、ユニフォームやシューズに関しても魚豊とやりとりを重ね、そのイメージする世界観にハマる映像になるように進めていった一方で、絵コンテやキャスティング等は監督を中心とした映画側からのアイデアを、魚豊が受け入れた部分もあったのだとか。

作り手と原作者がお互いに柔軟に対応しながらもリスペクトをする、理想的な関係があったことを思わせますし、それは出来上がった作品に確かに反映されていると思えたのです。
ひゃくえむ
(C) 魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会 
なお、ビデオコンテができあがったとき、原作者の魚豊は「原作通りの映像化は不可能であるうえに、目指すべきではないと僕は思っています。せっかく映像化するならメディアの特性を活かした漫画にはできない作品にしていただきたいですし、今回の企画はそれが達成できているようでうれしいです」というニュアンスのコメントもしていたそう。その言葉は、映像化というアプローチの1つ「理想」ともいえるのではないでしょうか。
劇中で描かれる100m走という競技は、始まりから終わりまで文字通りに「約10秒」、そのわずかな時間で決着が着きます。自分のペースで読める漫画とは違って、映像化作品ではその「約10秒」という時間を、心理的な「時間が長く感じる」演出を踏まえたとしても、意識させる必要があるでしょう。

しかしながら、今回のアニメ映画の『ひゃくえむ。』では、「本当にたった約10秒なんだ」と思える、原作を踏まえたとある演出がされており、それは映画向けに再構成された物語があってこそ、より際立っていました。

前述した「選手が入場してアップをしたのちに各々が位置につくレース前の一連の動作を描く3分40秒のワンカット」もまた、その「たった約10秒」を、相対的に際立たせるための描写なのでしょう。
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