5:二宮和也が「脚本協力」をした理由は?
今回の映画における目玉は、やはり主演が二宮和也だということ。演技力の高さは言うに及ばず、今回は「平凡さ」「情けなさ」を感じる役柄にもばっちりだったこと、さらに二宮和也が「脚本協力」にもクレジットされていることも注目でしょう。劇場パンフレットによると、川村元気監督は「どうすれば観客に、よりスリリングに見せていくことができるのかを考えていくと、プランがどんどんシナリオから変わっていく」「撮って編集したら違うってなって、みんなで打ち合わせしてシナリオを書き直して、もう1回撮り直す」という柔軟な作りになっていたそう。だからこそ、二宮和也の意見も反映されたとみていいでしょう。
その上で川村監督は二宮和也を「個性を絶妙に消して、無個性を演じることもできる。二宮くんは、自分は【モブ】を演じたと言っていました。無個性から始まり、地下通路の「異変」と相対していく中で、内在する個性が出ていく。その変化をここまで表現できるのは、彼しかいなかったと思います」と称賛しています。 確かに、序盤の彼は普通や無個性を通り越して「没個性」な印象さえあり、だからこそ延々と続く地下通路の「煉獄(天国と地獄の間にある場所)」で憔悴するギャップが際立ちますし、やがて確かな成長をしたことが分かる、二宮和也の「表情」にも感動があるのです。
また、映画化にあたっては原作者のKOTAKE CREATEともディスカッションを重ねており、4Gamer.netのインタビュー記事によると、「もし自分があの地下通路に入ったら,スマートフォンで写真を撮ると思う」提案はKOTAKE CREATEからされたものだったそうです。それもまた「普通はそうするだろうな」というリアリズムを与えていますし、映画独自の物語は共同脚本を手がけた平瀬謙太朗と川村監督だけではなく、原作者とキャストとスタッフとの「集合知の力」でできあがったと言っていいでしょう。
また、劇中で提示されるキャラクターの情報は最小限でありながらも、そこから「きっとこうなのだろう」と思える「深み」も与えています。かつ上映時間も間延びすることなく95分とタイト(同日公開の『ベスト・キッド:レジェンズ』の上映時間も94分でほぼ同じ)にまとまっており、映画化に当たってのある種の「最大公約数」的なアプローチが成功していると言えるでしょう。
さらに“歩く男”を演じた河内大和の見た目も振る舞いも原作の“おじさん”にそっくりだったり、小松菜奈や花瀬琴音が出番は少ないながらも強い印象を残していたりと、登場人物がごく少ない作品だからこそ、俳優の演技の妙も伝わる作品になっているのです。
6:『ボレロ』の意味とは
劇伴では、ラヴェルの『ボレロ』という有名なクラシック楽曲が使われています。同曲はメインテーマの2小節を延々と繰り返しているものの、単調ではなく、むしろ高揚感に満ちているという点において、まさに繰り返しのループを経てあらゆる感情が高まっていく、劇中の物語にもピッタリというわけです。実際に川村監督がボレロを選んだ理由は「あの曲が世界で最も有名なループミュージックだから」だったそうです。同じくボレロが(しかも全編で)効果的に使われている作品には、細田守監督が手掛けた短編劇場アニメ『デジモンアドベンチャー』(1999年)もあるので、併せて見てみてもいいでしょう。
また、本作の音楽は中田ヤスタカ(CAPSULE)と網守将平(QUBIT)が手掛けており、間違い探しの「正解」「不正解」を示す場面で、まるで「効果音」のように、でも劇伴として自然に溶け込むようで、かつホラーとしての不穏さにマッチした絶妙な仕上がりとなっています。音響も優れていることも含め、「音」を味わい尽くせることも、映画館で見てほしい大きな理由なのです。



