5:『風の谷のナウシカ』と『レベルE』の両方を連想させる虫
本作では物語の重要な局面で、「クリーパー」という生物が登場します。そのクリーパーは「昆虫のように脊椎を持たず、哺乳類のように恒温という特異な生態で、過酷な環境で進化してきた」「氷や岩に穴を掘るために使う鋭い歯と爪を持っている」設定があり、ダンゴムシに近い造形は、『風の谷のナウシカ』の「王蟲(オーム)」を連想させるのです。
しかも、そのクリーパーがミッキーたちにとって、「本当に敵となる存在なのか」と疑心暗鬼にさせることも面白いところです。
不気味に見えるクリーパーですが、その反面、抱えて持てる大きさの「赤ちゃん」のクリーパーを「守りたくもなる」という不思議な感覚に。まさに『風の谷のナウシカ』で、幼少期のナウシカが「来ちゃだめ! なんにもいないわ! なんにもいないったら!」と強く訴える場面とシンクロするような心理も描かれるのです。
さらに、『レベルE』の最後のエピソードでは、「サゾドマ虫」という生理的な嫌悪感を引き起こす外見をした生物が登場しており、こちらも見た目からクリーパーに似ています。しかも、その後の展開は……いや、それは『レベルE』と『ミッキー17』の両方のネタバレになってしまうので伏せておきましょう。
6:“人間の愚かさ”をより掘り下げたポン・ジュノ監督作
本作は笑うに笑えない(と言いつつ、笑ってしまう)ブラックコメディーでありながら、前述したように社畜やブラック企業の問題、さらに世界の歴史、特にアメリカの社会問題と部分的に、あるいは完全に一致していることが重要な点でしょう。くしくも、それは現在公開中の『ウィキッド ふたりの魔女』や『教皇選挙』とも共通しています。例えば、クリーパーは客観的に見ると「先住民」であり、彼らを攻撃する人間こそが「侵略者」とも思えるところ……。しかし、その後の出来事も含めると、本作で描かれていることは「現実と地続き」だったと分かってもらえることでしょう。
ほかにも「社会的な格差と搾取構造」を描くことが、『パラサイト 半地下の家族』をはじめとしたポン・ジュノ監督作と分かりやすく共通しているわけですが、ポン・ジュノ監督は「これまでの作品と違う点」についてこう答えています。
今回初めて“人間の愚かさ”をより深く掘り下げました。そして、その愚かさが、時に愛すべきものになるという視点です。私の作品は、よく「冷酷でシニカル」と言われます。でも、今回の映画は「温かみがある」と言われることが多いですね。年を取ったせいかもしれません(笑)
これまでのポン・ジュノ監督作はなんとも意地が悪く思える(だからこそ面白い)展開が多かったですし、今回の『ミッキー17』では主人公が散々かわいそうな目に遭いまくるわけですが、その後には「人間の弱さや愚かさも含めて愛おしい」のだと、ほぼ「人間賛歌」ともいえる優しさを感じる部分もあったのです(もちろんブラック企業や侵略行為は許していません)。
また、作品内で社会の不平等や偽善に対する風刺がしばしば描かれていることに対して、ポン・ジュノ監督は「政治的風刺のために映画を作るわけではありません。映画がプロパガンダになってしまうのは避けたい」と前置きした上で、「まずは美しくて楽しめる作品をつくることを大切にしています。『ミッキー17』もほかでもありません」と答え、さらにこう続けています。
ミッキーが置かれている状況や彼が受ける扱い自体が、ある種の政治的メッセージになっていると思います。これは「人間をどう扱い、どう尊重するか」に関わる問題です。特別に「政治的なレイヤー」を意図的に加えたわけではありません。でも、ミッキー17 やミッキー18 が経験する苦難を見ていると、自然と社会的な問題意識が湧いてくるのではないでしょうか。
なるほど、社会批判をすることは目的にはしていないし、政治的な意図を込めたわけでもなく、あくまでエンターテインメントして描いているけれど、それでも社会問題がはっきりと見えてくるのは、ポン・ジュノ監督作の醍醐味(だいごみ)であり真骨頂ともいえるのではないでしょうか。
逆襲エンターテインメント、またはやや過激なブラックコメディーとして楽しむのはもちろん、ぜひ身近な問題を考えるきっかけにもしていただきたいです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。