
予備知識ゼロで楽しめる「逆襲エンターテインメント」
結論から言えば、本作はめちゃくちゃ面白い! しかも、予備知識ゼロで楽しめる、いやむしろ何も知らない方が「まさか、こんなことになるなんて……!」と予想の斜め上の展開に驚ける、それでいて痛快無比な「逆襲エンターテインメント」の触れ込みがふさわしい内容になっていました。さらに、「極端でありつつも本質を突いている社会問題の暗喩」があることも重要でした。また、レーティングはG(全年齢)指定ながら、少しだけ性的な話題があるほか、(直接的な残酷描写はわずかでも)エグい設定が物語の根幹にあることに注意は必要でしょう。
はっきりと大人向けの「やや過激なブラックコメディー」でもあることを認識して……いや、むしろそこを大いに期待すればいいのです。
というわけで、『パラサイト 半地下の家族』が好きな人でポン・ジュノ監督のファンは期待して見てOK! ブラックコメディーが大好物という人にも大推薦! 以上! と終わりにしていいのですが、そういうわけにもいかないので、なんとかネタバレになりすぎない範囲で、同作の魅力を紹介していきましょう。
そして筆者個人としては、本作は日本のアニメ映画『風の谷のナウシカ』および漫画『レベルE』の合わせ技のような面白さがあると思うのです。その理由も併せて解説します。
1:「死んでは生き返る」が怖い&かわいそう。でも、笑ってしまう
本作のあらすじを端的に言えば、人生失敗だらけの男が「死んでも代わりがいる」最悪な企業に就職してしまうというもの。その死んでも代わりがいるというのは、比喩表現でも脅し文句でもなく「ガチ」。主人公のミッキーは死ぬたびに自分のコピー(劇中では「プリンティング」と呼ばれる)が誕生し、死ぬ前のミッキーに代わってコピーが理不尽な業務に就くという、かわいそうだし倫理的にアウトすぎるストーリーになっています。
しかも、ミッキーは死んでは生き返るを繰り返したおかげで、タイトル通り映画の冒頭からすでに「17人目」になっています。それから時間がさかのぼり「なんでミッキーはこんな最悪な企業に就職したのか」も明らかになるのですが、その理由もまたかわいそうすぎる上に「悪い冗談」すぎて、どうしても笑ってしまうのです。
言うまでもないですが、劇中で描かれるのは「社畜」や「ブラック企業」の問題そのもの。超極端でありながら、本質的には「現実にないわけではない」問題でもあり、主人公に同情して、ブラックさに笑って、さらに「怖くもなる」というバランスも見どころです。
ちなみに原作の小説のタイトルは『ミッキー7』だったのですが、ポン・ジュノ監督は「ミッキーをあと10回殺せるようにしたい」と希望して、映画では『ミッキー17』というタイトルになったのだとか。
とはいえ、それは決して意地悪な意図だけではなく、ポン・ジュノ監督は原作の「ごく普通の人間」として描かれているミッキーに強く惹かれた上で、「私はさらに“普通”にしたかった。もっと下層階級の人間にして、もっと“負け犬”感を強くしたいと思った」とも語っています。
いずれにせよ、後述するテーマをこれまでも描いてきたポン・ジュノ監督と原作の相性は抜群ですし、映画でさらに「ポン・ジュノ監督らしさがマシマシになった」といえそうです。
2:彼女ができた! リア充じゃん……からとんでもない事態に!?
ブラック企業から文字通り「使い捨て」にされるミッキーですが、後にナーシャという彼女ができてイチャコラを始めたりします。「なんだよリア充じゃん!」とも思われるかもしれませんが、ご安心(?)いただきたいところ。真にブラックな展開は、むしろそこから始まるのですから。予測不能の事態と手違いにより、「ミッキー17」は自身のコピーである「ミッキー18」と「同時に存在してしまう」展開に。「ミッキー17」にとっては、「ミッキー18」にナーシャを「寝取られた」状況に陥ったり……「同じ人間の存在」ということが社会では全く許容されないのです。
さらに、この「ミッキー18」はこれまでのミッキーとは違い、殺人をも躊躇(ちゅうちょ)しないサイコな性格の持ち主という最悪な状況で、当たり前のように「ミッキー17」は彼に殺されかけてしまい……。そのほかの場面でも「ミッキー18」が「暴走」しそうな危うさがたっぷり。彼(というか自分自身)を止めようと悪戦苦闘をする「ミッキー17」の奮闘にも笑ってしまうし、やっぱりかわいそうすぎて心から「ミッキー17」を応援したくなるのです。
そして、この「ミッキー18」は完全に敵というわけではなく、共に権力者たちへの逆襲を開始する同志にもなり、かつ友情が芽生えたかのように見えるのも面白いところ。かわいそうな展開が立て続けに起こった後、自分たちをこのように追い込んだ“存在”への逆襲エンターテインメントにつながっていくことが、本作の最大の魅力と言ってもいいでしょう。