作られた「男らしさ」の正体とは? 「女叩き」を盛んにする歪んだ“男性性”を韓国の歴史から考える

韓国の「男性性」に焦点を当て、「作られた男らしさ」を世界情勢やフェミニズムの観点など、さまざまな視点からひも解く『韓国、男子 その困難さの感情史』。2024年12月に発売され話題になった同書籍を紹介します。

作られた「男らしさ」の影響

さまざまな統計を用い、歴史を精査しながら著者が明らかにするのは、「男らしさ」は作られたものだということである。そもそも人類は長きにわたって身分制社会だった。歴史的には、その人が男らしいかどうかよりも、貴族か平民か、あるいは奴隷かということの方が、ずっと重視されていた。

現代の資本主義社会も、特に変わりがない。テレビ番組で「どんな環境でもサバイバルする原始的な男らしさ」が喧伝(けんでん)されていようとも、結局、今の社会における生存力とは、実家の太さと経済力であって、そこに原始的な男らしさが入り込む余地はあまりない。
 
そして現代的男らしさとは、優生学や人種的優劣性、戦争における軍隊の必要性に応じて形作られていったものである。韓国の「男性性」について言えば、重要なのは、韓国社会が経験した植民地支配や、朝鮮戦争、軍事独裁体制とその後の民主化、新自由主義である。なお他の多くの国と同様、韓国でも「男らしさ」の指標の主要な点は、「家族を養える」ことだった。
 
だが、日本の植民地支配によって傷付けられ、その後も朝鮮戦争をはじめさまざまな苦難を経験した韓国社会において、男性が一人で一家の大黒柱として機能し得る家族は、実はほとんど存在しなかった。にもかかわらず理想の「男らしさ」は依然として喧伝され、そして挫折した「男らしさ」の屈託は、その鬱憤(うっぷん)をより弱い者に向けていく。
 
そして本書の白眉は、「男らしさ」が、いかに既存の権力勾配に都合よく利用されているか暴いていることにある。例えば、兵役経験者が試験や就職にあたって有利になる「軍加算点制度」を巡る議論は、男性たちの不満を彼らにトラウマを植え付ける軍隊ではなく、「軍加算点制度」廃止に賛同する女性に向けることを可能にする。

経済不況、兵役の重荷、新自由主義のもとでたまる苦悩は、「女は良い思いをしている、男こそ被害者だ」という主張へと結実し——著者はさまざまな統計を引用しながら、この主張が事実ではないことを論証している——、手軽にできる「女叩き」が盛んになる。

非男性に対する抑圧

男らしさは時に、より苛烈に不平等を生んでいる別の問題——身分差、社会・経済階層の差、先進国と発展途上国の格差など——を覆い隠すために喧伝されているのだ。

それを丹念に暴き出す本書は、韓国に限らず、女性や性的マイノリティなど、非男性に対する攻撃が不満の「はけ口」として有効活用され、本当の問題から人々の目を逸らす機能を果たしている現在において、極めて重要だ。

どうしたら、誰かを抑圧することなしに一人の主体として、また、他人と連帯しケアを行う者として生きていけるのか? 問い掛けは、私たち全員に関わる喫緊(きっきん)の問題であり、またこのめちゃくちゃになった世界で、非男性を含む全ての人が自分自身のこととして引き受けるべきである。
 
韓国、男子――その困難さの感情史
韓国、男子――その困難さの感情史

この記事の筆者:水上 文(みずかみ あや)
1992年生まれ、文筆家/批評家。主な関心領域は近現代文学とクィア・フェミニズム批評。現在、朝日新聞で「水上文の文化をクィアする」、『文藝』で「文芸季評」等を連載中。企画・編著に『反トランス差別ブックレット われらはすでに共にある』(現代書館)がある。
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