3:「シスターフッド」の魅力を突き詰めた尊さと、社会的な問題提起も
本作のあらすじは、緑色の肌を持ち誤解されがちなものの、強い魔法の力を見出す「エルファバ」と、天真らんまんで野心的だけど、魔法の才能はないため心にわだかまりがある「グリンダ」という、対照的な2人の女性が大学で出会い、最初こそ衝突してしまうも、次第に友情を育んでいくというものです。
さらに、劇中ではとある陰謀により、不当な社会的制裁がまかり通ってしまう、はっきりとファシズムの問題も描かれています。
それぞれが当時の労働者階級の人たちを表しているという分析もされ、意外な結末も相まって「表面的に見えることと本質は異なることもある」「そして大切なこと知る」ことが示されています。今回の『ウィキッド』にも、その精神性がはっきりと受け継がれているのです。
余談ですが、グリンダ役のアリアナ・グランデと、エルファバ役のシンシア・エリヴォは、相手を尊重して自分たちの肌にタトゥーを入れたのだとか。 アリアナはエルファバのイニシャル“E”をハートで囲んだものを脚の裏側に、シンシアは同じところにグリンダの“G”を入れたそうです。演じた俳優同士の結びつきが、本編での強い友情に説得力を持たせたというのも、言うまでもないでしょう。
4:「バッドエンド」を示しているような始まり、そしてミュージカルの意義
切なくも苦しく、また良い意味で居心地の悪さを感じたのは、物語が「西の悪い魔女」ことエルファバが死んだという知らせを受け、市井(しせい)の人が喜び踊るというミュージカルシーンから始まることです。
もちろん、それも意図的なもの。少なくとも幸せいっぱいの物語の結末ではないことが分かっているからこそ、その過程にあったことをどう捉えるかが、観客それぞれに委ねられているとも言えるでしょう。
そのために、劇中で描かれるグリンダとエルファバの友情が刹那(せつな)的でより愛おしいものに思えてもきますし、その友情が長くは続かないという残酷さが、より胸に迫るようにもなっているのです。
例えば『アナの雪の女王』で主人公の1人のエルサが氷の塔に閉じこもってしまうのは、それだけなら後ろ向きでネガティブな選択ですが、その時の高らかな歌声とメロディアスな楽曲もあって、その真逆のような「開放感」までも感じるシーンになっていました。
今回の『ウィキッド』における具体的なクライマックスは秘密にしておきますが、初めに示されたバッドエンドにつながるであろうエルファバの選択は悲しいことのはずなのに、やはり「それだけでない」感情と決意が、シンシア・エリヴォの「魂」を込めたような歌声のおかげでありありと分かりますし、相反する要素が同居しているような複雑さこそが大きな感動を呼ぶのです。
さらに余談ですが、序盤のミュージカルが「喜びの感情に満ちているようだけど、側から見ると戸惑ってしまう」ことや、女性同士の関係性や友情の尊さが描かれていること、キャラクターの本質的な魅力が示されていく過程などから、日本のアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』も連想しました。こちらは3月14日24時からNHK Eテレで地上波初放送もされるので、ぜひ併せて見てほしいです。
5:美術賞と衣装デザイン賞受賞も大納得の、誠実な制作過程
本作は強力なライバルを破ってアカデミー賞で美術賞と衣装デザイン賞を受賞しており、本編を見ればそれも大いに納得できることでしょう。大規模なVFXが使われているだけでなく、実際の巨大なセットも作られており、それは「俳優にとって現実の場所のように感じられるようにしたい」という意図もあったそうで、900万本にもおよぶ本物のチューリップを植えたりもしたのですから驚きです(なお、撮影後にチューリップをはじめとする植物は地域に買い戻されたり、劇中の屋根の材料として再利用されたのだとか)。
実際に、その2人の対照的な性格、あるいは価値観を覆す旅路や、深い絆までもが衣装に反映されています。「エルファバの服は暗くてザラついていて、質素で硬派で角張っており堅苦しくてキリッとした個性」を、グリンダの服は「明るくて艶めくデザインで洗練された雰囲気」を示し、タゼウェルは「シルエットは似ていながら、細かいところでハッキリと枝分かれする」ことも意識していたのだとか。
他キャラクターの衣装にも言うまでもなく確かな意図とこだわりが込められており、それらを見るだけでも楽しめるでしょう。
制作陣は彼女のために、セットだけでなく撮影現場全体のバリアフリー化に取り組み、常識を塗り替えようと決意。障がいコーディネーターとして車椅子を長年使用しているシャンテル・ナサリも起用し、彼女は制作過程のあらゆる局面で意見を伝えるという重要な役割を担いながら、ボーディ専用の控え室に使う最新式トレイラーハウスの特注に貢献したのだとか。
これ以上は言うことはありません。世界最高峰のエンターテインメントを、映画館ですみずみまで堪能してほしいです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。



