世界を知れば日本が見える 第57回

「民主主義の崩壊」兵庫県知事選、なぜ“陰謀論”が広まったのか。日本が「選挙×SNS」を対策できないワケ

兵庫県知事選挙の結果について、選挙時のSNSの動きに注目が集まっている。今後の日本において、選挙とSNSはどのような関係にあるべきか。(サムネイル画像出典:アフロ)

日本で対策が難しいのは、大手SNS運営会社が「アメリカ企業」だから

選挙などでSNSを使って偽の情報を流布したり、影響工作をしたりするのは世界中で起きていることだ。どこの国でも、政治的な投稿に関連した「凍結」は問題になっており、運営側の対応は常に議論を呼んでいる。アメリカでは、2016年の大統領選でロシアから大々的に偽情報工作が行われ、2024年の大統領選でも中国のSNSサイバー工作「スパムフラージュ」が問題になった。
 
アメリカであれば、NSA(国家安全保障局)やCIA(中央情報局)などがSNSを使ったライバル国からのサイバー攻撃に対して反撃・撃退工作を実施する。そして国内の偽情報対策には、日本の国会に当たるアメリカ連邦議会がSNS運営企業経営者を公聴会に呼び出し、何らかの対策をするようにとプレッシャーをかけたりする。
 
ところが日本では、ほぼ全ての大手SNS運営会社がアメリカ企業ということもあり、責任者を呼び出して対応させることは難しい。少し前に話題になった「著名人を使った詐欺広告の問題」でも、アメリカのSNS運営側はほとんどまともに対応しなかった。その理由にはアメリカ企業側が日本のユーザーを軽視していることも影響している。結局、日本政府としてもSNSの問題は放置するしかないのが実情であり、この点において、日本ではSNSの「風紀」を守りコントロールするのは容易ではない。

斎藤氏「SNSは1つの大きなポイントだった」

今回の知事選の期間中には、SNSで稲村氏を批判する「陰謀論」なども拡散されていたという。要は「偽情報」を拡散させている人がいたということだが、実はそれは稲村氏側も斎藤氏側もお互いさまで、どちらの陣営にも偽情報をばら撒く人たちはいたという。ただ斎藤氏陣営が組織的に偽情報をばら撒いたという事実は、現段階では確認されていない。
 
とはいえ、SNSが選挙の結果に大きな影響を与えたのは確かだ。斎藤氏は、結果を振り返り「SNSなどを通じて、駅での活動に集まってくれる人が少しずつ増えていった。SNSは1つの大きなポイントだった」と語っている。事実、NHKの出口調査では「投票する際に何を最も参考にしたか聞いたところ『SNSや動画サイト』が30%と、テレビや新聞よりも多くなり、このうちの70%以上が斎藤氏に投票したと答えています」という。

SNS戦略に「公職選挙法違反だ」「民主主義の崩壊」の声

ただ知事選でのSNSの活用方法については、新たな疑惑が取り沙汰されている。兵庫県のPR会社・merchuが、SNSを駆使して斎藤氏の再選に向けてPR活動を行ったことが物議を呼んでいる。というのも、この企業の代表取締役である折田楓氏が自らのnoteで、『兵庫県知事選挙における戦略的広報:「#さいとう元知事がんばれ」を「#さいとう元彦知事がんばれ」に』という記事を投稿して、10月31日から11月17日までの選挙戦におけるSNS戦略を細かく公開したのだ。
 
おそらく、今後のPR事業の宣伝になると思い、ユースケースとして内情を明らかにしたのだろうが、これが大炎上している。そもそもSNS戦略をコンサルティングすること自体には問題はないし、一般企業であればよくあるSNS対策で済むが、斎藤氏のケースでは「公職選挙法違反だ」「民主主義の崩壊」といった批判がXで飛び交っている。選挙の場合、問題は選挙活動中に“カネの動き”があったかどうかが重要で、もしこのPR会社に報酬が支払われていたら公選法違反となりかねない。そうなると勝利した知事側が失職する可能性もあるので、斎藤知事の反対勢力が熱心に批判しているという印象だ。
 
しかも斎藤知事はメディアの取材に、SNSで支持が広がった状況について、「自然発生的に出てきた草の根、勝手連的な形で、いろんな方に応援していただく輪が広がったと感じている」などと述べているが、実際には裏で戦略的にPR活動をしていたことが表面化したことで、反対派から「うそつき」といった批判も出ている。
 
SNS戦略は、立派な選挙戦略である。違法行為がないのであれば批判されるべきではないし、別にズルをしたわけでもない。ここでいけなかったのは、まだ知事選の余波が残る中でPR会社が今回の戦略をnoteで公開し、余計な燃料を投下したことだった。
 
今回の知事選は、SNSや既存メディアなどの在り方について改めて注目が集まるものだったと言える。ただこの問題は政府なども絡んできちんと議論し続けるべきだろう。さもないと便利なはずのSNSが今後さらに激しい争いの種になって行く可能性がある。
 
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。

X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル
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