世界を知れば日本が見える 第52回

日本にとっても他人事ではない「中国スパイ」の脅威。フィリピン元市長の「なりすまし事件」から考える

9月6日、フィリピン元市長のアリス・グオ氏が逮捕された。経歴から、彼女は「中国スパイ」だとみられており、世界中で大きな問題となっている。日本にとっても他人事ではない「中国スパイ」問題を考える。

世界中を静かに侵略する「中国スパイ活動」

このケースは世界各地で暗躍している中国スパイ活動の氷山の一角に過ぎない。アメリカの元情報関係者も筆者に、中国政府は近年、世界中で政界に入り込み、国家の対中政策に影響を与えるよう動いていると指摘する。
 
オーストラリアでは2018年に『サイレント・インベージョン ~オーストラリアにおける中国の影響~』という書籍が出版され、中国政府がスパイなどを使ってオーストラリアの政界へ影響力を高めようとしている実態が明らかにされている。まさに水面下で「サイレント・インベージョン(静かなる侵略)」が進められていた。

例えば、当時オーストラリアでは、車販売で成功していたメルボルン市の中国系ビジネスマンが中国人スパイから政界進出を持ちかけられ断り、遺体となって発見される事件が起きるなど物騒な話も話題となった。
 
アメリカでは9月3日に、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事の補佐官を務めていた中国系アメリカ人のリンダ・サン被告が起訴されて大騒動になっている。サン被告は、知事の情報を中国側に提供したり、知事に中国寄りのアドバイスなどをしたりすることで影響を与えており、例えば、中国と対立する台湾の高官がニューヨークに訪問するのを妨害したり、州の発表から新疆(しんきょう)ウイグル地区にからむ記述を削除するなどしていた。
 
そして中国のための工作の見返りとして、多額の金銭を受け取っていたという。金銭を隠すために、家族を巻き込んで不動産を買うなどマネーロンダリングも行っていたと言及されている。

日本にとっても他人事ではない

こうした話は、日本も決して対岸の火事ではない。日本の公安当局者は、「中国政府関係者はスパイなどを使って日本の政界に侵入し、対中政策に影響を与えようとしている。中国政府のために動いてくれる政治家を誕生させる目的で工作も行っている」と指摘している。実際に、中国政府関係者がひそかに日本の現役国会議員秘書として活動していたケースも明らかになっているし、中国大使館などによく出入りしている国会議員や地方議会議員なども確認されている。
 
フィリピンでのケースは特に書類管理などが比較的緩いフィリピンだったから可能だったのかもしれないが、オーストラリアやアメリカのケースなどからも分かる通り、中国スパイが政界工作を狙っているのは間違いない。日本もその現実を改めて認識して、きちんと対応していくことが求められる。
 
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
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