3位:『愛に乱暴』(8月30日より公開)
吉田修一の同名小説を原作としたサスペンスで、実家の離れで暮らす石けん教室の講師である女性の日常が、近隣のゴミ捨て場で相次ぐ不審火、愛猫の失踪、不気味な不倫アカウント……といった、忍び寄る不穏な要素のために次第に乱れ始めていく様子が描かれます。加えて、義母からの“押し付け”や、夫の“無関心”といったストレスも、彼女の精神にじわじわと影響を与えていくのです。 そう書くと重い内容に思われるかもしれませんが、表向きには「普通の妻」として務めているようで、裏では小さな不満を積み重ねていく主人公に感情移入しやすいですし、あまりに理不尽な事態を目の当たりにして、極端に怒りをあらわにする姿には、「そりゃ怒るよ」と納得できるとともに、「かわいそうだけど笑ってしまう」ダークコメディーの領域に達しています。全編に漂う不穏さはホラー的で怖くもありますし、「次に何が起こるのか分からない」予測不能の展開の数々はエンタメ性も抜群で、終盤には意外な感動も待ち受けていました。 そして、最も推さなければならないのは、主演の江口のりこが持てるポテンシャルを最大限に発揮していること。突飛な行動に出てしまう姿が怖くもある一方で同情もでき、どこか悲しげで切なくも思える感情表現も最高で、俳優としてのパワーを全力で見せつけられたようでした。極め付けは江口のりこが「あるもの」を持ち出した時の絵面のインパクトで、もはやいい意味で夢に出てきそうです。「あるもの」は予告編でも見ることができますが、知らずに見て楽しみにしておくのもいいでしょう。
2位:『ブルーピリオド』(8月9日より公開中)
山口つばさによる同名漫画の実写映画化作品。ソツなく器用に日々を過ごしている一方で内面では「空虚さ」を抱えていた主人公が、美術の課題である「明け方の青い渋谷」を描いたことをきっかけに美術へのめり込み、超難関の東京藝術大学絵画科の受験に挑むという物語です。内容としては「王道スポ根もの」でもあり、絵画を学ぶ過程での「知らない世界をのぞき見る」感覚も面白く見られるでしょう。
主人公は「俺はやっぱり天才にはなれない。だったら天才と見分けがつかなくなるくらいまでやるしかない」と尋常ではない努力をしつつ、「俺の絵で、全員殺す」とまで考える狂気に片足を突っ込むも、受験では冷静かつ大胆な「戦略」で勝利を目指すという過程がエンターテインメントになっています。原作からの省略には賛否もありましたが、個人的には主人公の物語に焦点を絞った取捨選択は的確だと思えましたし、8月30日公開のアニメ映画『きみの色』でも発揮された吉田玲子のロジカルな脚本の構築力に感服しました。
ちなみに、『愛に乱暴』で石けん教室の講師だった江口のりこは、この『ブルーピリオド』では美術予備校の講師となっています。厳しいようで優しさも多分に感じさせる、その言葉の1つひとつに重みがあることも魅力的です。さらに、江口のりこは、4月公開の『あまろっく』で無職の女性を、7月公開の『お母さんが一緒』では妹2人に嫉妬を募らせる姉役を演じ、現在も公開中の『もしも徳川家康が総理大臣になったら』では北条政子に扮(ふん)するなど、2024年公開の映画で大活躍していました。江口のりこの魅力を再確認できる年だったといえるでしょう。