ヒナタカの雑食系映画論 第87回

『名探偵コナン 黒鉄の魚影』が、物語の「制約」を灰原哀の「居場所」へ昇華させた傑作である5つの理由

地上波初放送となる『名探偵コナン 黒鉄の魚影』。本作は評価も高く、「灰原哀」を中心に据えた物語には彼女への愛情がたっぷりと込められていました。その理由を解説しましょう。(サムネイル画像出典:(C)2023青山剛昌/名探偵コナン製作委員会)

2:「子どもの言葉や行動」が未来へもつながる

今回のキーパーソンである直美・アルジェントは、子どもの頃に東洋系が珍しかったために毎日のようにいじめにあい、日本人だった灰原(当時の名前は宮野志保)にかばってもらうものの、その後にいじめの標的にされた灰原を助けられなかったことを悔い、人種によって憎しみ合わない社会を目指すため、「老若認証システム」を開発していました。

その直美は「私のせいで巻き込まれた」と灰原が誘拐されたことに罪悪感を感じていましたが、その灰原も「いいえ、巻き込んだのは私の方」と思います。さらに、父が狙撃されたことを目撃した直美は、「父さんを見捨てた!」「このままじゃあなたまで殺されちゃう。私のせいで!」と泣き叫びます。

その時は涙を流していた灰原でしたが、コナンと交信し、ウォッカとキールとの会話から脱出の手段を知った灰原は、「人種を超えた世界平和、それがあなたとお父さんの夢なんでしょ」「あなたには生きる義務があるの!」と直美を激励し、その直美が「哀ちゃんやコナンくんみたいな子どもに何ができるの? 何ができるっていうの!」と声を荒げたことに対して、こう返します。

「あらそう? 子どもだから何? あなた、世代間の差別もなくしたいんじゃなかったの?」
「子どもの言葉や行動で、人生が変わることもある」
「私は、それを体験して変われた」
「だから、私を信じて! 直美!」


灰原は最愛の姉を亡くしており、だからこそ父を失った(後に生きていたことが明らかになりますが)直美の気持ちに同調して涙を流したのでしょう。

一時は自殺のために毒薬も飲んだ(原作漫画の19巻では「どうしてお姉ちゃんを…助けてくれなかったの?」とコナンを責めてしまった)こともある灰原が、ここまで困難な状況にあってもなお、希望を捨てずに目の前の誰かを激励する姿は感動的です。

もちろん、この映画を見ている観客は、灰原が本来は大人(と言っても18歳ですが)であることを知っています。しかし、過去に子どもの時の彼女が直美をいじめからかばってくれたことも事実ですし、それが直美がエンジニアという職業を選んだきっかけの1つ。そして事件の解決後、空港で灰原を抱きしめた直美は「あれ本当ね、今のあなたがいるおかげで、これからの私がある」とも告げました。

そして、直美は「また会えてうれしかったわ。ありがとう、志保」と心の中で思っており、(詳細な理屈が分からなくても)目の前にいるのがかつての恩人、そして「もう一度会いたい」と願っていた志保であると気づいていたようです。「子どもの言葉や行動で、人生が変わることもある」ことが、「今」も、そして「未来」への希望にもつながることを示した、美しい結末でした。

3:人生が変わった瞬間は、確かにあった

灰原の「子どもの言葉や行動で、人生が変わることもある」「私は、それを体験して変われた」という言葉から、「灰原が体験したこととは具体的には何?」と疑問に思う人もいるでしょう。

ファンの間で有力な説となっているのは、原作漫画では42〜43巻(アニメでは346〜347話の「お尻のマークを探せ!」)のエピソード。歩美から「でもわたし…逃げたくない!! 逃げてばっかじゃ勝てないもん!!」という言葉を聞いた灰原は、その通りに「逃げない」選択をしたのですから。

個人的には、劇場版第5作目『天国へのカウントダウン』も、その体験に当てはまると思います。劇中で灰原は「この頃、私は誰なんだろうなって思うの」「私は誰で、私の居場所はどこにあるんだろうって」「私には席がないのよ」と、自分のアイデンティティーのゆらぎ、または境遇を否定的に捉えた言葉を口にするのです。

しかし、 歩美は「灰原さん、席がないって?」、元太は「何言ってんだ、灰原!」、光彦は「灰原さんの席はちゃんとそこにあるじゃないですか!」と無邪気に言いつつ、それぞれの教室の椅子に座り、コナンも「なっ? 1人じゃねぇって言ったろ?」と返しました。
 
さらに、その『天国へのカウントダウン』のクライマックスでは、1人でいた灰原が元太たちから助けられますし、彼らと協力して命からがらの脱出劇も繰り広げられます。後述もしますが、彼女に必要なのはやはり「席」から転じて「居場所」であり、それを今回の『黒鉄の魚影』で示してくれたことが、とてもうれしかったのです。
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灰原が「居場所」に帰っていく結末
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