ヒナタカの雑食系映画論 第87回

『名探偵コナン 黒鉄の魚影』が、物語の「制約」を灰原哀の「居場所」へ昇華させた傑作である5つの理由

地上波初放送となる『名探偵コナン 黒鉄の魚影』。本作は評価も高く、「灰原哀」を中心に据えた物語には彼女への愛情がたっぷりと込められていました。その理由を解説しましょう。(サムネイル画像出典:(C)2023青山剛昌/名探偵コナン製作委員会)

4:「居場所」に帰っていく

突然ですが、劇場版『名探偵コナン』は、「原作漫画の物語がある以上、劇的に物語やキャラクターの関係性を進めるのが難しい」という難儀なシリーズでもあると思います。

同じ国民的なアニメ映画でも『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』では基本的に作品ごとにリセットされ単体で成立しているのですが、劇場版『名探偵コナン』は大きな物語の流れの1つに組み込まれているので、それが魅力でもあると同時に、「もとの“さや”に納まらなければならない」という制約にもなっているとも思います。

しかし、この『黒鉄の魚影』の素晴らしいところは、「元通りになる」制約が灰原哀の「居場所」の提示とも一致していることでした。

今回の灰原は「組織に正体がバレてしまった」状況。だからこそ、「そう、私にはもう、帰る場所はどこにもないの。だから、あなたといられるのは、これが最後。バイバイだね、江戸川コナンくん」と、彼との別れを選択しようとしていました。

その直後の「そんな顔してんじゃねえよ。言ったろう、俺がぜってえなんとかしてやるってよ」というコナンの言葉は、もちろん水中なので灰原には届いていないはずですが、その「顔」から気持ちは伝わっていたようです(そこにはコナンの、かつて灰原に「どうしてお姉ちゃんを…助けてくれなかったの?」と言わせてしまった負い目もあったのかもしれません)。

そんな灰原は(かつて姉に大丈夫だからと言われたように)蘭からも「哀ちゃんが無事で本当によかった! もう大丈夫だからね!」と抱きしめられていましたし、エンドロール中では歩美からも涙ながらに抱きしめられ、その背中を優しくさすっていました。

さらに、後述するようにベルモットのおかげで黒ずくめの組織からの疑惑から逃れることができた灰原は、最後に阿笠博士に「腹ごしらえでもして帰るとするかのう」と提案されると、「揚げ物はダメよ」「隠れて食べているのバレているんだから」などとたしなめていて、これからの「日常へと帰る」ことも示されています。

コナンや阿笠博士、歩美や元太や光彦もいる場所へと帰ること。『天国のカウントダウン』でも示された、灰原の「席」から転じての「居場所」を示してくれたのです。
 
それが、劇場版『名探偵コナン』の「元通りの物語やキャラクターの関係性へと戻る」制約ともマッチしているだけでなく、より灰原のことが愛おしく、これからの日々の幸せを願いたくなります。この結末、なんとささやかで、尊いことでしょうか。

また、ファンの間でも賛否が分かれた「灰原が人工呼吸のためにコナンとキスをした」ことですが、個人的には肯定的に捉えています。最後に灰原が蘭にキスをして、「ちゃんと返したわよ、あなたの唇」と思ったことは、コナンと灰原が「恋人にはならない」関係性へと、やはり「戻る」ことを示していますし、劇場版第2作目『14番目の標的(ターゲット)』のとある場面へのリスペクトだと思えたのですから。

5:ベルモットが助けてくれたワケは?

前述した老婦人の正体がベルモットだと明かされ、彼女の「助けたわけ? それを探るのがあなたの仕事でしょ、シルバーブレットくん」というモノローグで、映画は幕を閉じました。ベルモットは老若認証システムが使い物にならないと思わせるという、黒ずくめの組織からすれば(バレれば)裏切りの行動に出て、灰原を助けたのです。
 
その理由はなぜか。もちろん、ベルモットが本当に限定品のブローチを欲しいと願っていて、その整理券をくれた灰原への恩を返した、とシンプルな解釈もできます(余談ですが、このブローチのイチョウの花言葉は「長寿」で、ファンから「なぜか歳を取らない」といわれるベルモットにはピッタリです)。

はたまた、原作漫画では34〜35巻(アニメでは286〜288話の「工藤新一NYの事件」)のエピソードでは、新一の「人が人を助ける理由に…論理的な思考は存在しねーだろ?」という言葉にベルモットが心を打たれたとも示されていたので、その言葉通りに「ただ助けた」という解釈も可能でしょう。

また、黒ずくめの組織のメンバーであるキールも父を失ったことが劇中で示されており、だからこそ盗聴器を仕掛けられたことを認識しつつ、ウォッカとの会話の中で脱出の方法を灰原と直美に伝えていました。姉を失った灰原もそうですが、悲しい思いをした身近な人のために何かをしてあげられるということ。その尊さが貫かれている『黒鉄の魚影』が大好きです。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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