安全は全ての職場で最優先されるべき事項ですが、予期せぬ危険はいつでも潜んでいます。「ヒヤリハット」は、ほんの少しの違いで大きな事故やトラブルを回避した瞬間を指す言葉であり、この小さな警告信号を見逃さず、積極的に共有・分析することが、未来の事故を防ぐ重要な鍵です。この記事では、「ヒヤリハット」の本質とその報告の重要性、実践的な報告書の書き方、そして効果的な事故予防策について現役フリーアナウンサーの新保友映が詳しく解説していきます。
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<目次>
・ヒヤリハットの意味
・ヒヤリハットの業界別事例
・ヒヤリハットは「報告」が重要
・「ヒヤリハット報告書」の書き方・基本項目
・「ヒヤリハット報告書」の書き方のポイント
・ヒヤリハット報告を定着させるポイント
・ヒヤリハットを未然に防ぐ効果的な3つの対策
・KTY(危険予知訓練)とは?
・まとめ
ヒヤリハットの意味
「ヒヤリハット」とは、仕事や日常生活の中で、もう少しで事故やトラブルにつながりそうな状況に遭遇し、「ヒヤリ」としたり、「ハッ」としたりする体験を指す言葉です。この言葉は、事故や災害には至らなかったが、もし対応が遅れていたら重大な結果につながっていたかもしれない、そんな状況を指摘するために使われます。労働現場や日常生活での小さな注意喚起や危険信号として捉えることができ、リスク管理や安全管理の観点から非常に重要な概念とされています。「ヒヤリハット」の体験を共有し、原因を分析することで、同様の事故やトラブルの防止策を講じることが可能です。・「ハインリッヒの法則」とは
「ハインリッヒの法則」は、アメリカの損害保険会社に勤務していたH.W.ハインリッヒによって提唱された、労働災害に関する経験則です。この法則は「1:29:300の法則」とも呼ばれ、1件の重大な事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件の異常(ヒヤリハット)が存在するとされています。この比率は、事故や災害の予防における重要な指標とされており、多くのヒヤリハットは表面上は軽微な問題に見えるかもしれませんが、それらを適切に管理し、再発防止策を講じることが、より大きな事故や災害を防ぐ鍵となると教えています。
この法則は、安全対策の計画や実施にあたって、企業や組織が日常的なリスクを軽視しないように促し、常に予防と対策の重要性を認識することを推奨している法則です。
ヒヤリハットの業界別事例
ヒヤリハットという言葉は、製造や建設、介護などの分野で広く用いられますが、実はどの業界でもさまざまな状況で起こっています。ここでは、一般的な5つの例を見ていきましょう。・製造業界の事例
製造業界では、作業中の注意散漫や安全対策の不備が原因で、ヒヤリハットが発生しやすいと言われます。例えば、ある製造工場では、従業員が機械の調整を行っていた際、安全ガードを設置せずに作業を始めてしまいました。幸いにも同僚がこれに気付き、事故を未然に防ぐことができました。この事例から、作業前の安全確認の徹底や、安全装置の適切な使用が、重大な事故を防ぐために重要であることが理解できます。
・建設業界の事例
建設業界では、高所作業や重機の操作など、多くのリスクが存在します。ある建設現場で、足場の組立作業中に安全ハーネスを装着せずに高所で作業が行われていました。周囲の作業員が危険を察知し、直ちに作業を中断させることで、重大な転落事故の可能性を回避できました。この事例からは、安全装備の着用と作業前の安全チェックの重要性が理解できます。
・食品製造業界の事例
食品製造業界では、衛生管理や機械の安全操作が重要です。例えば、ある食品工場で、清掃中の機械が誤って作動し、作業員が機械に手を近づけていたとき、別の作業員が緊急停止ボタンを押すことで、事故を回避できました。この事例から、機械の保守管理の徹底と、緊急時の対応訓練の重要性が理解できます。
・小売業界の事例
小売業界では、店舗などでの事故や従業員の作業中の事故が起こりやすいです。ある小売店では、床に液体がこぼれており、滑りやすい状態だったにもかかわらず、清掃が適切なタイミングで行われていませんでした。来店客が滑りそうになったところを、従業員が迅速に対応し、拭き取り、警告サインを設置することで、客の転倒事故を防ぐことができました。この事例からは、店内の安全管理と速やかな対応の大切さが理解できます。
・介護・看護・医療業界の事例
介護・看護・医療業界では、患者や利用者の安全が最優先されます。ある介護施設で、車椅子のブレーキが故障しているのに気づかずに使用していたところ、スタッフが直前でブレーキが効いていないことに気付き、患者が転倒する事故を防止できました。この事例からは、設備の定期的な点検と、スタッフの注意深い観察が、安全な介護環境を保つために必要であることがが理解できます。
ヒヤリハットは「報告」が重要
ヒヤリハットの報告は、職場の安全意識向上に不可欠です。個々の経験を共有することで、同じミスのリスクを減らし、安全な職場環境を構築します。事象の言語化により、危険が明確化され、具体的な対策の立案が可能です。定期的な報告は、危険を意識する習慣を形成し、全員で安全を確保する環境を定着させることにつながります。過去の事例から学び、未来の事故を未然に防止するため、ヒヤリハット報告の積極的な共有が求められます。
「ヒヤリハット報告書」の書き方・基本項目
ヒヤリハット報告書は安全管理の重要なツールです。適切な記入が事故防止の鍵となることは間違いありません。ここでは、報告書の基本項目と書き方について詳しく見ていきましょう。・当事者の基本情報
ヒヤリハット報告書では、まず記入者の名前、所属部署、職務内容など基本情報の記載が必要です。これにより、報告の背景と報告者の立場を明確にします。基本情報の詳細な記入は、後々のフォローアップや詳細な分析を行う際に役立つ要素です。
・ヒヤリハットの状況
ヒヤリハットが発生した日時、場所、経緯を具体的に記載します。何が起きて、どのような行動が取られたか、目撃者はいたかなど、詳細な状況の把握が重要です。この情報は、事象を理解し、原因分析を行う基礎となる重要な要素になります。
・想定される事故
実際に事故に至らなかった場合でも、どのような事故につながる可能性があったのかを想定して記載します。この情報は、同様の状況を防止するための対策を立案する際の参考情報として活用が可能です。
・発生原因
ヒヤリハットが発生した直接的な原因はもちろん、間接的な原因も含めて考察して記載します。作業環境の問題、個人の注意不足、機材の不具合など、複数の要因を掘り下げることで、より効果的な再発防止策を立てることが可能です。
・再発防止策
発生原因の分析に基づき、再発を防止するための具体的な対策や計画を記載します。対策は実行可能で具体的なものである必要があり、実施の責任者や期限なども明記すると良いでしょう。対策の効果は定期的に検証し、必要に応じて見直しを行います。
「ヒヤリハット報告書」の書き方のポイント
続いて、ヒヤリハット報告書を書くときに重要な要素として、以下の7つのポイントを見ていきましょう。・5W1Hで情報を整理
報告書を作成する際には、報告内容を明確にするために「いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」という5W1Hの構成で情報を整理します。このアプローチにより、事象を正確に把握して共有が容易になることは間違いありません。加えて、この方法は問題解決にも役立ちます。詳細な情報が明確になることで、原因分析が容易になり、対策や改善策の策定を具体的かつ効果的に行うことが可能になります。さらに、5W1Hで整理された情報は、後日レビューや訓練の際の資料としても有効利用でき、安全管理体制の向上にも貢献します。このプロセスを徹底することで、組織全体のリスク意識が高まり、事故やヒヤリハットを防止することにつながります。
・客観的な事実を記載
報告書は主観や推測ではなく、事実に基づいて客観的に記載することが重要です。感情や個人的な見解を排除し、「見たまま」「聞いたまま」の情報を記載しましょう。これにより、状況を正確に評価し、効果的な解決策を導くための土台を作ります。
また、第三者が読んだときにも同様の理解を得られるよう、明確かつ具体的な記載を心掛けることが大切です。事実のみをもとに、状況や行動、結果を詳細に述べ、可能であれば時系列に沿って記録するとさらに理解しやすいです。事象に関わる人物の言動や、環境条件、使用された道具や機器の状態なども記載し、全体像を描き出すことで、問題の核心に迫り、将来的な再発防止策の検討につながります。
・直接的な原因と間接的な原因を両方考察・記載
背後にある直接的な原因だけでなく、間接的な原因や背景も詳細に探求し、記載します。これにより、表面的な解決ではなく根本的な問題解決へとつなげることが可能です。
例えば、機械の不具合が直接の原因であれば、なぜその不具合が発生したのか、定期的な保守が行われていなかったのか、操作ミスがあったのかという間接的な原因を深掘りします。また、人的要因が考えられる場合には、作業員の疲労度、教育訓練の有無や質、作業環境の問題点などを考察し、全体像を把握します。各要因がどのように結びつき、ヒヤリハットを引き起こしたのかを明らかにし、同様の事態を未然に防ぐための具体的な行動計画を立てることが重要です。
・対策・改善策は具体的に記載
発見された問題に対する対策や改善策を具体的に提案します。実行可能な行動計画を立て、誰が、いつまでに、どのような手段で解決策を実行するのかを明記することが重要です。また、提案された解決策の期待される結果と、それを測定するための指標も同時に記載しましょう。これにより、施策の効果を評価し、必要に応じて追加のアクションを計画することが可能です。
さらに、関連する安全規則や手順の改訂を提案し、再発防止に向けた教育や訓練の実施も検討してください。全ての対策が綿密に計画され、実施後はその効果を確認し、報告書でフィードバックを提供することが、組織全体の安全性を向上させることにつながります。
・起こりえた最悪のケースを想定して記載
重大な事故につながっていた可能性を想定し、そのシナリオを記載しましょう。これにより、同様のヒヤリハットが将来発生するリスクを減少させるための意識が高まります。最悪の事態を想像し、その結果がもたらすであろう影響、例えば人的被害、物的損害、業務の遅延、評判の低下などについても詳細に分析して記載しましょう。具体的な被害の範囲を明確にすることで、報告書を読む全ての人がリスクの深刻さを理解し、より責任を持って対策を講じることができるでしょう。また、類似の状況が発生した際には、事前に警告することができ、より迅速かつ効果的な対応が可能です。
・専門用語はできるだけ避ける
報告書はさまざまな背景を持つ人々が読むことを想定して書く必要があります。専門用語や業界用語を避け、誰でも理解できる言葉を使用しましょう。分かりにくい専門用語を使用する場合は、必ずその用語の定義や意味を明記することが重要です。これにより、報告書がより広い視聴者に対してアクセス可能になり、誤解を避けることができます。
また、視覚的に理解を助けるために図表やイラストを使用することも、情報の伝達をより効果的にする1つの手段です。専門用語の使用を控えることで、報告書の透明性と包括性が向上し、全ての関係者が問題解決に向けて効果的に協力できます。
・ヒヤリハット発生後に速やかに報告書を作成する
事象の記憶が鮮明なうちに報告書を作成します。時間が経過すると詳細な情報が失われるため、迅速な記録が必要です。また、速やかな報告により、早期の対策実施が可能です。この速やかなアクションは、同じことが繰り返されるのを防ぐだけでなく、安全文化の育成にも貢献します。
報告が遅れれば遅れるほど、同様の事故やヒヤリハットが再発するリスクが高まります。したがって、ヒヤリハットが発生したら直ちに簡単なメモを取る、必要な情報を収集する、そして可能な限り迅速に全体の報告書を完成させることが重要です。実際の報告書作成が後になる場合でも、初期のメモや情報収集がその後の正確な報告書作成を助け、より効果的な原因分析と対策の検討を可能にします。
ヒヤリハット報告を定着させるポイント
ヒヤリハット報告の社内定着は、安全文化の根幹を形成します。ここでは、その定着化を促進する重要なポイントを見ていきましょう。・ヒヤリハット報告にインセンティブ・メリットを設ける
ヒヤリハット報告を促進するため、インセンティブ制度の導入が有効です。報告の量や質に応じて、表彰や小さな報酬を設けることで、従業員の積極性を引き出します。報告された情報から学ぶことで、全社の安全意識の向上につなげることが可能です。
関連記事:インセンティブとは? 賞与との違いや制度の導入方法、メリット・デメリットを解説
・上司が率先してヒヤリハット報告をする
上層部や上司が自身の体験を率直に共有することで、報告に対する負のイメージを払拭(ふっしょく)します。上司の率直な姿勢は、部下に安全に関するオープンなコミュニケーションを促し、隠蔽(いんぺい)文化の防止にも役立ちます。
・誰でも簡単に使える報告書フォーマットを用意する
複雑なフォーマットは報告の障壁となる可能性が高いです。直感的かつ簡潔な報告書のテンプレートを提供することで、従業員が負担なく、迅速にヒヤリハットを報告できるようにします。
・「ヒヤリハット報告書を作れるゆとり」を設ける
報告書の作成を勤務時間内の活動として認識させることが重要です。従業員がヒヤリハット報告に専念できるよう、十分な時間とリソースを提供します。
・犯人探しをしない
ヒヤリハット報告の目的は責任の所在を問うことではなく、未来の事故を防ぐことが本来の目的です。報告が責任追及につながることのないよう、文化的な側面から安全報告の重要性を再教育し、全員が安全の向上に貢献できる環境を構築します。
ヒヤリハットを未然に防ぐ効果的な3つの対策
ヒヤリハットは予期せぬリスクや危険を示す指標です。これを未然に防ぐための効果的な対策は、事故発生の可能性を減らし、職場の安全を高めます。ここでは、効果的な3つの対策を見ていきましょう。・ヒヤリハットの報告会を定期的に開催する
安全な職場環境を維持するため、定期的なヒヤリハット報告会を開催しましょう。これは、従業員が経験したヒヤリハットを共有し、同僚と議論するプラットフォームを提供します。このプロセスは、予防策の議論を促進し、全員が安全に対する意識を高めるのに役立ちます。報告会は、ヒヤリハットを学習の機会として利用し、組織全体の安全文化を強化する機会です。
・安全教育を行う
全従業員に対し、定期的な安全教育を実施します。安全教育には、過去の事例の分析や安全操作手順の説明、緊急時の対応訓練などが含まれます。教育は理論だけでなく、実践的なトレーニングやシミュレーションも組み込むことが重要です。安全教育を通じて、従業員は潜在的な危険を認識し、適切な対応策を学べます。
・KYT(危険予知訓練)の実施
KYTとは、職場での潜在的な危険やリスクを特定し、それに対する予防策を考える活動です。定期的にKYTを実施することで、従業員は危険を事前に認識し、事故を防ぐ方法を学びます。危険予知訓練は、実際の作業現場や仮想環境で行うことができ、従業員の安全意識の向上に役立ちます。
KTY(危険予知訓練)とは?
KTY、すなわち危険予知訓練とは、労働災害の発生を未然に防ぐために開発された重要なトレーニング方法です。この訓練を通じて、従業員は潜在的な危険やリスクを発見し、その発生を防ぐための行動を学びます。(1)危険性の発見
危険性の発見フェーズでは、従業員は自分の周囲の環境を注意深く観察し、潜在的な危険やリスクを識別しましょう。これは、仕事の流れの中で可能性として存在する全ての危険要素を特定し、それらを明確に理解することを目指します。このプロセスは、危険が実際に発生する前にそれを認識し、適切な対策を講じることができるようにするために重要です。
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(2)認識の共有
一度危険性が特定されたら、それらの情報はチームや職場全体と共有されます。この共有は、全ての従業員がリスクを理解し、警戒することを確実にするために不可欠です。これにより、危険やリスクに対する一貫した認識と理解が促進され、安全な職場環境の構築に役立ちます。
(3)対策の検討
リスクが共有された後、従業員は潜在的な危険を防ぐための具体的な対策や戦略を開発します。この段階では、チームワークと創造的な思考が奨励され、危険を最小限に抑えるための実用的な解決策を見つけることが目標です。従業員は、実際に現場で実装可能な、効果的で実行可能な対策を検討することが重要になります。
(4)行動目標の設定
最後に、具体的な対策が議論され、合意に達したら、それらの対策を実行するための明確な行動目標が設定されます。これらの目標は、明確で測定可能で、達成可能で、関連性があり、時間に制限がある(SMART)基準に基づいている必要があります。従業員は個々の責任と期限を持ち、定期的なフォローアップと評価を通じて進捗(しんちょく)状況を監視することが重要です。
まとめ
この記事では、「ヒヤリハット」の概念から、その具体的な事例、報告書の書き方、そしてヒヤリハットを未然に防ぐための対策までを幅広く解説しました。「ヒヤリハット」とは、事故や災害をほんの少しで回避した状況を指し、これを共有・分析することで、同じような事故を未然に防ぐことが可能です。ヒヤリハット報告書の適切な作成、事例の共有、そして定期的な安全教育やKYTの実施は、職場の安全文化を高め、全員が安全な環境で働けるようにするために不可欠です。組織全体でヒヤリハットの重要性を理解し、積極的に安全対策に取り組み、事故や災害の予防につなげていきましょう。
■執筆者プロフィール 新保 友映(しんぼ ともえ)
山口県岩国市出身。青山学院大学卒業後、2003年にアナウンサーとしてニッポン放送に入社。『オールナイトニッポンGOLD』のパーソナリティをはじめ、『ニッポン放送ショウアップナイター』やニュース情報番組、音楽番組など担当。2018年ニッポン放送退社後はフリーアナウンサーとして、ラジオにとどまらず、各種司会、トークショーMC、YouTube、Podcast、話し方講師など幅広く活動。科学でいじめのない世界をつくる「BE A HEROプロジェクト」特任研究員として、子どもたちの授業や大人向け講座の講師も担当している。