「僕を育てた覚えがあんまりないと思いますよ」
「たぶん、試合を観に来たこともなかったと思います」
2002年に浦和レッズに入団後、新人賞のほか、数々のタイトルを獲得。日本代表としてドイツW杯への出場も果たした元サッカー日本代表の坪井慶介に、両親にどのように育てられたのかと聞くと、こんな答えが返ってきた。子どもがやることに一切口を挟まず、「わが子の才能が芽を出すように」と熱心にサポートするでもない。
しかし、「行きたいならどうぞ」「やりたいならどうぞ」という放任主義の両親だったからこそ、自分で考え、行動し、いくつもの挫折を乗り越えて、「プロのサッカー選手になる」という夢をかなえることができたと坪井は言う。
そんな坪井には現在、23歳という若さで籍を入れた妻・朋子さんとの間に、高校3年生の長男、中学3年生の次男、そして小学5年生の長女と3人の子どもがいる。
最近もSNSで家族写真を公開するなど、子どもたちが大きく成長した今も仲むつまじい坪井家だが、そこにはどんな教育方針があるのだろう。両親の子育てに影響を受けているところはあるのだろうか。
子育ての土台にあるのは、両親と同じ「ほったらかしの愛」
「自分が両親から受けた影響は強いですね」坪井自身がそう言うように、3人の子どもの父となった今、子育ての土台にあるのは「ほったらかしの愛」だ。
やはり、ピッチで戦う父親の姿を見て育ったからだろう。息子2人はいずれも幼い頃から自然とサッカーに親しむようになった。ただ、高校3年生になった長男はすでにサッカーを辞めてしまったという。
「高校1年生までは湘南ベルマーレのユースで頑張っていたんですけどね。今は違う道に進むため、大学進学を目指して勉強しています。妻には『もうちょっとサッカーを見てあげればよかったのに』って言われますけど、僕が言ってやるようじゃ、結局長続きはしませんからね」
子どもたちが迷わないように、夫婦で教育方針のすり合わせはする。だが、自分の両親がそうだったように、基本的に子どものやりたいことには口を出さない。
「次男なんて、僕が何も言わないのをいいことに、自由気ままにやっていますよ(笑)。(住まいのある)茅ヶ崎市の町クラブでプレーしていて、たまに試合を観に行くと結構うまいんですよね。でも、なんかフワフワしているというか、本気でやっているのかなって。高校はサッカーの強豪校に行きたいわけでもなさそうだし……今はいろいろと将来のことを考え中だと信じたいですけどね(笑)」
長男にずっと言っている「弟に負けるな」の意味
とはいえ、坪井家には家訓のように、父親として常日頃から言って聞かせていることが1つだけある。それは、自分の両親が口に出さずとも坪井に伝えてきたメッセージでもある。「自由にやりたいことをやりなさい。その代わり、やると決めたら信念と覚悟を持って取り組みなさい。それでもダメだったら、別の道を探せばいい」Jリーガーとして長くトップレベルでプレーしてきただけに、サッカーに関しては口を出したくなりそうなものだが、それも最小限にとどめている。
「たぶん真剣に教えたら、次男はかなりセンスがあるので面白いだろうな、とは思います。僕なんかが教えられないようなテクニックをさらっとやってみせたりしますから。時々『調子に乗ってんな』って思うこともありますけど(笑)」
自由奔放で天才肌の次男と、「幼い頃から考え方がしっかりしている」という長男。性格の異なる男兄弟2人の成長を促すために、坪井は長男に対してずっと言っていることがあるという。
「『弟に負けるな』、ですね。何事にもとにかく真面目に取り組む長男に対して、次男はなんだってひょいっとすぐにこなしてしまう。だから長男にはこう言うんです。『ああいうタイプは、自分の方ができると思ったら相手のことをなめるからな。だから何をやっても絶対に負けるなよ』って。走りでも、サッカーの1対1でも、一緒によく行くサーフィンでも、なんならけんかでも」
「僕が鼻を折るのは簡単なんです。でも、そこを長男に折らせることで、『やっぱり兄貴はすごいな、俺ももっと頑張ろう』と次男に謙虚さを学ばせて、同時に長男も努力することで成長していく。そうやって兄弟で切磋琢磨しながら育っていってくれればなって思っています」
それはプロになった坪井に、「天狗にはなるなよ」と呟いた父の言葉に、どこか通じるものがあるかもしれない。