嗜好品は「タイパが悪い」のか?
タイパと付き合いながら嗜好品をライトに楽しむのも素敵ですが、一方で、嗜好品というものの歴史や文化を考えれば、そればかりではいけないという意見があるのも頷けます。
そこで、オンライン化が主流になりつつあるなかで時代に逆行するかのように広尾でショップ・バー・スクール・パーティースペースを兼ねそろえた「ワインの館 ワインプラス」(東京都港区南麻布)を運営する田上健一さんに話を聞きました。
「何も知らずに飲んでも美味しいのがワインであり、小難しいことは抜きにして、つまりは時間をかけずとも飲んで楽しめるのがワインの魅力の一つです」
こう前置きした上で、田上さんは続けます。
「ですが、そうしたいわば“本能的な”楽しみ方はワインの持つ真価のほんの片鱗でしかありません。ワインのもう一つの魅力は、知ればもっと面白くなるところにあります」
その理由はワインのルーツにあるようです。
紀元前数千年前にジョージアで生まれ(※所説あり)、その後世界各地に広がっていったワインは、普及の過程では、さまざまなブドウ品種や製法、味わいの方向性が試行錯誤され、今日のそれぞれの「地域らしさ」につながってきました。
つまりワインの味わいにはそれぞれの理由があり、経験を積むことでその機微を認識して、その味わいや香りの背後にあるものを理解できるようになるということでもあります。
「ワインは本能的に楽しむ、いわばタイパに沿った付き合い方も可能ですが、年代や地理的条件、品種特性などを知ったうえでのある種“理性的”な楽しみ方を知っておかないことには嗜好品が積み上げてきた真価を感じることはできません」
タイパ重視で見落としてしまう大事なもの
つまり、歴史と文化が積み上げてきた嗜好品の価値を、氷山の一角のごとく視界にある「今」だけを切り取って満足してしまうと、(分かりやすく感じることのできる部分に内包された、より大きな)真価を見落としてしまうとのことです。
真価を知って理性的に楽しむには、少なからずの助走期間は必要なのです。
この理性的な楽しみ方は、タイパという価値観からすると遠回りしている感覚になるのも分かりますが、ちゃんとした水先案内人さえ見つけられれば、必ずしもそんなに時間のかかるものではないようです。
実際にワインプラスでの初心者向けセミナーで、3種類のワインをブラインドテイスティング(年代、銘柄などを伏せて飲むこと)した際も、先に年代ごとの特徴を説明した上で飲んでもらえば初心者でも容易に年代を当てることができたと言います。
「“味わいの理由”を想像できるようになると、まったく新しい楽しみ、面白みに触れることができます。これはワインに限った話ではなく、直感的に面白さを感じることのできた嗜好品とはぜひ一歩踏み込んだ付き合い方をしていただきたいです」
昔から「風が吹けば桶屋が儲かる」というように、一見何の関連もないような事柄でもひも解いていくと、ちゃんと筋の通った説明を見出すことができます。
長い歴史を持つ嗜好品は、特にそのような因果関係がきれいに溶け込んでおり、はた目には理解しがたいものに思えるかもしれません。
しかし、時間をかけない「本能的な楽しみ」をそれはそれとして大事にしつつ、少し労力と時間をかけて楽しむ「理性的な楽しみ」を覚えることができれば、嗜好品がもたらしてくれる世界は一気に広がるに違いありません。
DATA
ワインアット エビス | wine@EBISU
ワインの館 ワインプラス
安藤 裕プロフィール
ノンアルコール専門商社アルト・アルコの代表取締役。大学在学中にワーキングホリデービザで単身渡仏し、現地の食文化に触れ、以来食分野でのキャリアを志す。海外のトレンドを先んじて取り入れるため日本初となるノンアルコール専門商社アルト・アルコを起業。2021年には『ノンアルコールドリンクの発想と組み立て』(誠文堂新光社)を出版。
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