1月28日はコピーライターの日!
1956年の1月28日、コピーライターと近い言葉である「コピーライト(著作権)」を保証する万国著作権条約が公布されたことにちなんでいるとされています。
今回は、コピーライター界のレジェンドが選んだ「コピーのコピー」とは何かなど、「違いの分かる人」になれるコピーライターの豆知識をご紹介します!
世界初のコピーライターが売上を倍増させた「コピーの書き方」とは?
世界初の専業コピーライターとされているのは、アメリカのジョン・E・パワーズです。
1870年代、ロード & テイラーという百貨店でアルバイトとして広告を書いていたところ、別の百貨店のオーナーであるジョン・ワナメイカーの目に留まりスカウトされました。
このスカウトは大成功し、ワナメイカーの百貨店の収益は400万ドルから800万ドルに倍増したそうです。
そんなパワーズの広告スタイルは、平易な言葉を使って誇張を避け、見出しを短く制限するもの。
同時期に注目を集めていたサーカス興行師のP・T・バーナムによる、誇張と感情的なアピールを用いる広告スタイルとは対照的なものでした。
ちなみにP・T・バーナムは、占いなどで誰にでも該当する記述を自分だけに当てはまると思ってしまう現象を指す、心理学用語の「バーナム効果」の語源にもなっています。
平易な言葉で短く収めるパワーズのスタイルは、現在のコピーライターにも受け継がれているマインドと言えるでしょう。
日本初のコピーライターが「土用の丑の日」を広めた?
日本初のコピーライターは、あの有名な蘭学者である平賀源内だとされています。
1769年には漱石膏という歯磨き粉のCMソング、1775年には清水餅という和菓子の広告コピーを手掛けて報酬を受けています。
有名なものとして「本日土用丑の日」というコピーで鰻を食べる習慣を浸透させたという説も。
一次資料は残っていませんが「土用丑の日の鰻」の登場する文献が全て平賀源内の没後に出版されていることなどから、通説となっています。
コピーライター界のレジェンドが選んだ「コピーのコピー」とは?
コピーライター界のレジェンドといえば、「でっかいどお。北海道(全日空)」や「四十才は二度目のハタチ。(伊勢丹)」などを生み出した眞木準さん。
残念ながら2009年に亡くなられてしまいましたが、現在でも日本最大級の広告公募賞である「宣伝会議賞」に、名前を冠した特別賞の「眞木準賞」が存在しています。
そんなレジェンドの眞木準さんが選んだ「コピーのコピー」とは?
それは、2006年に宣伝会議社の雑誌ブレーンにて開催された「C-1グランプリROUND3 コピーのコピーを書いてください」という公募で、選考を務めた眞木準さんが選んだグランプリ作品。
若杉幸祐さんの「コピーは、弱いものを強くする。」というコピーでした。
広告コピーの真髄を平易な言葉で短く表現した、まさに「コピーのコピー」ですね。
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