責任の所在を問う世論
事故が起こって間もなく、市民の間から行政の過失を指摘する声が相次いだ。そんな中、まず動向が注目された行政安全部李祥敏(イ・サンミン)長官、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長、朴熙英(パク・ヒヨン)龍山区長らによる 「立場表明は捜査後にすべき」「以前と比較して特別に憂慮する程度の人出ではなかった」「主催者がいる祭りとは違い、今回の事故は市民が自発的に集まった発生した類のもの」というような責任逃れとも受け取れる発言が世論の反発を招いた。災難安全法では、国家や地方自治体は災難・事故などの際、安全管理業務対策を迅速に計画し施工せねばならない旨が明記されているほか、警察官職務執行法にも、各種事故などの危険下においては警告や避難などの防止措置義務の規定がある。
それにもかかわらず、当日現場に配置された警官は137人、そのうち秩序維持を担当する制服警官は58人のみで、その他は主に麻薬取締りを担当する私服警官だった。付近で行われていた尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領退陣を要求するデモに警備力を集中させたため、梨泰院の秩序維持がおろそかになったと報道したメディアもある。
さらに、交通・通行規制の必要性を警察へ訴える通報が、10月29日18時34分以降から圧死事故が起こる直前までの間に実に11件もあったことが明らかになった。しかし、実際に警察が出動したのはうち4度。いずれも何らかの規制を伴うものではなく、危機を根本的に打開する対策は取られていなかった。しかも、最短時間内での緊急優先出動を要する「コード0」「コード1」などに分類される通報が計8件。うち5件は極めて危険な状態になった21時7分以降のものだったが、警察官による現場出動はなかったという。
また、地下鉄梨泰院駅無停車通過を巡って、警察とソウル交通公社の間で責任のなすりつけ合いも行われた。警察側は龍山警察所112状況室長が、21時38分に電話で梨泰院駅無停車通過を要請したと主張したが、交通公社側は警察が最初に無停車通過を要請したのは23時11分だったとし、事故よりも後だったと反論している(※1)。
尹熙根(ユン・ヒグン)警察長官は11月1日、警察の対応が十分でなかったことを謝罪するとともに、厳格な監察と捜査を進めることを表明したが、そもそも警察のトップが事故の報告を受けたのが事故2時間後だったことも明らかになっており、あまりの危機管理の欠如に市民はがくぜんとした。その後、警察庁の緊急通報統括幹部と、現場管轄の龍山警察署署長が事故当時持ち場を離れていたことも発覚し、職務怠慢を理由に解任されている。行政の安全対策の不備はもはや明らかで、韓国政府の責任を問う声は高まる一方だ。
魔女狩りと英雄探し
今回の事故では、異常な人出に危機感を感じた市民らによる「SNSの投稿」が早くから拡散されていた。そんな中、事故数時間前に過密状態となった群集の中で、「降りる人をまず優先し、上る人はしばらく待って」と声がけをしながら、人の流れを動かしたある女性に賞賛が集まった。
また、ある男性は将棋倒しの下敷きになった自分を引っ張り出して助けてくれた恩人を探していたが、まもなくそれが米軍人3人だったことが明らかになった。各種メディアは3人を「英雄」と表現し、このエピソードを報道した。他にも、「人が死んでいる。どうか助けて。指示に従って移動してほしい」と、繰り返し声を枯らして通行整理を行うある警察官の動画が拡散されると感謝の声が相次いだ。
こうした美談とは対照的に、ネット上では「魔女狩り」を思わせる犯人探しも行われている。黒いウサギ耳のヘアバンドをした男が「押せ!」と叫んだだめに将棋倒しが起こったという証言が相次ぎ、警察も映像などを通して調査に着手している。しかし、犯人とされたこの男性は、自身の地下鉄乗車時間記録を公開し、事故のときはすでに現場にいなかったと訴えた。
しかし、黒いウサギ耳ではなく、白いウサギ耳の男が犯人だとする証言も飛び出すなど、ネット上ではさまざまな憶測が錯綜している。ある有名人が現場にいたために、多くの人が集まり事故が起こったという噂も流れた。噂の的となった有名人のうちの1人は、自身が当時海外にいたことを述べた上で、SNSを通してデマの流布に苦言を呈した。
意図的に押した人物がいるのかどうか、いたとして処罰の対象となるかは、今後も続く捜査の中で明らかにされるだろうが、いずれにしても政府の安全管理意識の欠如は言い逃れできるものではない。尹錫悦政権が今後、この梨泰院事故にいかに対応していくか、国民は厳しい目で見つめている。
※情報は11月4日執筆時点のものです
【参考】
※1:2022年11月1日、聯合ニュース(https://www.yna.co.kr/view/AKR20221101085300704?input=1195m)
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