
何か大きなことを任された時に「一生懸命がんばります!」と意気込むことがあります。この「一生懸命」という言葉、よく似た言葉に「一所懸命」がありますが、何か違いはあるのでしょうか。
今回は「一生懸命」と「一所懸命」について、その違いや使い方を現役フリーアナウンサーの笠井美穂が解説していきます。
・ 「一生懸命」「一所懸命」の意味の違い
・なぜ「一所懸命」が「一生懸命」に?
・「一生懸命」「一所懸命」のどちらを使えばよい?
・「一生懸命」「一所懸命」の例文・使い方
・「一生懸命」が一般的な使い方
「一生懸命」「一所懸命」の意味の違い
結論から言うと、「一生懸命」は「一所懸命」が転じて生まれた言葉。元々は「一所懸命」という言葉でしたが、今では「一生懸命」を使うのが一般的となりました。詳しくは後述しますが、「一所懸命」の本来の意味「命がけで領地を守り、生計を立てる」が転じて「命がけでものごとをする」という意味が生まれ、さらに、この意味の「一所懸命」が転じて「一生懸命」という言葉が生まれたのです。
それぞれの意味を『大辞泉 第二版』(小学館)で確認すると、
【一生懸命】(いっしょうけんめい)
命がけで事にあたること。また、そのさま。
【一所懸命】(いっしょけんめい)
(1)中世、一つの領地を命をかけて生活の頼みとすること。また、その領地。
(2)命がけで物事をすること。また、そのさま。必死。一生懸命。
「一生懸命」「一所懸命」はいずれも「命がけで物事をする」意味があることが分かります。
なぜ「一所懸命」が「一生懸命」に?
『語源辞典 形容詞編』(東京堂出版)によると、武士主体の社会だった中世日本において、「一所懸命」というのは、与えられた領地を命がけで守るという意味でした。そして、その土地の俸禄で生計を営むことから、転じて、広く必死になって力を尽くすこと全般を指すようになったといいます。
また、「イッショケンメイ」から「イッショウケンメイ」への音の変化として、江戸時代に入ると「所(ショ)」が長音化して「ショウ」と発音されるようになり「イッショウケンメイ」という言葉が生まれたとの説明もあります。
さらに、『日本国語大辞典 第二版』(小学館)には「一所」が「一生」に変化した背景が考察されています。それによると、中世の武家社会が、近世になって町人主体の貨幣経済の文化に変わり、土地を守ることへの切実さ、つまり「一所」に「命を懸ける」ということが実感を伴わなくなったことが関係していると指摘されています。
一方で、「一生」という言葉が、近世になると、「生涯にわたって」という意味よりも、「生涯に一度しかないほど重大な」という意味に重点が移ったとされ、こうしたことも関係しているのではないかといいます。
文化の変化、音の変化、そして言葉の捉え方の変化が相まって「一所懸命」が「一生懸命」に変わっていったようです。
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「一生懸命」「一所懸命」のどちらを使えばよい?
「一生懸命」も「一所懸命」も言葉としては正しく、どちらを使っても構いません。ただ、一般的には「一生懸命」が使われることの方が多いようです。放送で使用する言葉などを研究しているNHK放送文化研究所が2000年に公開した記事には、
今では、「一所懸命」よりも「一生懸命」と表記・表現される場合が多くなっています。
(中略)新聞社や雑誌社では、外部からの寄稿などを除いて「一生懸命」に統一しているところが多いようです。放送でも「一生懸命」を使っています。
とあり、出版や放送の業界でも「一生懸命」を使うことが多いとされています。
「一生懸命」「一所懸命」の例文・使い方
「一生懸命」と「一所懸命」はどちらも「命がけで物事にあたる」という意味で使うことができます(但し、「一所懸命」の本来の意味である「命をかけて土地を守り生計を立てる」という意味では「一生懸命」は使いませんのでご注意ください)。
具体的な用例を、ここでは「一生懸命」の表記を使って挙げてみます。
一生懸命の例文・使い方
・任されたプロジェクトに一生懸命取り組む。
・彼の一生懸命な姿は人々の胸を打ちました。
・一生懸命努力しますので、何卒よろしくお願いいたします。
「一生懸命」が一般的な使い方
「一生懸命」は「一所懸命」が転じて生まれた言葉で、同じような意味で使われる言葉です。語源となった、中世の武家社会で命を懸けて土地を守ったという価値観は、現代ではなかなかピンときにくいものです。
「一生懸命」とした方が、漢字の表記と言葉の意味が結び付きやすいかもしれません。
■執筆者プロフィール

笠井 美穂(かさい みほ)
福岡県出身。九州大学文学部を卒業後、KYT鹿児島讀賣テレビに入社。退社後は、報道番組を中心にフリーアナウンサーとして活動。これまでの出演は、NHK北九州放送局「ニュースブリッジ北九州」、NHK BS1「BSニュース」、NHK Eテレ「手話ニュース」、NHK ラジオ第1「NHKきょうのニュース」「ラジオニュース」など。