映画ポスターの「右肩上がり手書き文字」と聞いて、ピンと来る人はいるでしょうか。作品の“おしゃれ感”や“切なさ”、“淡さ”を表現するような筆記体の文字が右肩上がりで配置されるデザインは、映画をはじめ、近年のメディア作品のポスターや表紙などによく使用されているようです。
「右肩上がり手書き文字」の映画ポスター例
少し前の日本映画であれば、2018年の『寝ても覚めても』や2021年の『うみべの女の子』が、その代表といえるでしょう。
海外の作品では「原題(英題)を右肩上がり手書き文字で示す」パターンも多くあります。2022年の映画では、5月27日公開のイギリス映画『帰らない日曜日』(原題:Mothering Sunday)や、7月22日公開の中国映画『あなたがここにいてほしい』(英題:Love Will Tear Us Apart)がこれに当てはまります。
では、どのような映画に「右肩上がり手書き文字」が適用されやすいのでしょうか。考えられるのは、以下の2点です。
・メジャー公開ではない、比較的小規模な映画
・どちらかと言えば「淡い印象」を持つドラマ映画
※ごくまれに2021年の『ファーストラヴ』などメジャーなサスペンス映画でもみられる
派手な見せ場のあるアクションや、緊張感のあるホラー映画などには、この筆記体の印象は合わないでしょう。「筆記体でサラッと書く」ような良い意味での“軽さ”も、知る人ぞ知る映画やサブカルチャーへの感度が強く、また、ミニシアターでの鑑賞を好む映画ファンに訴求しているようでもあります。
映画監督・今泉力哉氏の影響が大きい? 発想の元は“あのCM”だった
なぜこうした「右肩上がり手書き文字」が採用された映画ポスターが多くなったのでしょうか? 発端となるのは、2011年2月号より『別冊マーガレット』(集英社)で連載が開始された漫画『アオハライド』(右上がりではないが手書き文字のタイトル)という説もありますが、それ以外にもたくさんの作品や商品に採用されていますし、複合的な要素が多いので一概には断定できません。
ただ、映画では今泉力哉監督作の影響が大きいのではないか、と推察されます。スマッシュヒットを飛ばした2019年の『愛がなんだ』をはじめ、そのほか多数の作品のポスターで「右肩上がり手書き文字」が使われていたのですから。
事実、“映画宣伝ウォッチャー”として有名なビニールタッキーさんのイベント「この映画宣伝がすごい」にて、ライターの稲田豊史さんが「今泉力哉系フォント」としてこのトピックをプレゼンしたとTwitterにあげたところ、今泉監督本人から「『サッドティー』の時にそういうデザインをデザイナーさんにしてもらいました。その時に話したのはキューピーハーフのCMみたいなフォントにしたい、ということ」と返信があったのです。
確かにキューピーハーフのCMでは(あまり右肩上がりではないですが)手書きの文字が使われています。以下の動画は2016年のものですが、『サッドティー』の公開は2014年なので、それよりも前から手書き文字が使われていたのは間違いないでしょう。
このキューピーハーフのCM以外にも、2017年のカップヌードルのアニメCMのキャッチフレーズ「アオハルかよ。」も、右肩上がり手書き文字でした。商品のCMでも静かな流行があり、それらが数々の映画ポスターに影響を与えていたのかもしれません。
「手書き右上がり文字」が与える印象とは何か
私見ではありますが、こうした手書き文字は、機械的なフォントでは決して表現し得ない“温かみ”や“人間らしさ”を感じさせます。キューピーハーフのCMでは人の手がかかった食事に対して「おいしそう」という印象を持ちますし、映画ポスターでは「人の感情」もそこはかとなく感じさせます。単なる表象的な文字情報だけでない、“深み”を与えていると言っていいでしょう。はたまた、そうした温かみや人間らしさを感じられる手書き文字は、作り手が“親しみやすさ”や“共感”を強調するために打ち出していると思えるところもあります。右肩上がりの配置も、単純な解釈ではありますが“上昇志向”的なポジティブな印象を与えます。
2022年になってからも、専門学校モード学園のCMなどに「右肩上がり手書き文字」が採用されています。それらが若者への訴求を狙ったものであることは、間違いないでしょう。
これらの右肩上がり手書き文字の興隆(こうりゅう)はもちろん悪いことではなく、作品や宣伝内容の本質を的確に表していると感じることもままあります。普段見慣れている映画ポスターの1つ1つから、そのことを鑑みても面白いのではないでしょうか。
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